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老マジシャンの仕事

 祖父は物を消すのが得意だった。ハンカチを消すことも出来たし、時計を消すことも、彼の手にかかれば、なんでもすぐに消えた。おまけに六十を過ぎても好奇心旺盛で、なんでも手に取りたがった。祖母のお気に入りのスカーフも、私の大事にしていた人形も、手に取っては消した。

「早く探して出して!」祖母はいつも怒っていた。祖父は笑顔で頷きながら、また別のものを消した。傘を差しては手ぶらで戻り、ジャケットを着てはどこかで脱ぎ置き、靴を履いては裸足で帰った。

「どうして物を無くしていくの?」ある日、私はそう尋ねた。私はまだ子供だった。

 祖父は笑って答えた。「まるでマジシャンみたいだろう」祖父は会話の文脈も消してしまうのだった。

 春のある日、祖母の堪忍袋の緒が遂に切れた。祖父が婚約指輪を引き出しの奥から勝手に取り出して、いつものように消してしまったのだ。「どこへやったの?!」祖母はいつもよりずっと激しい声で言った。

「いま思い返しても高い指輪だった」祖父は答えた。

「一番安いやつをさんざんに値切ったんでしょう!」祖母は言った。「記憶も消えたの?!とにかく探して来なさい!」

 祖父は渋々という表情で外に出る準備を始めたが、祖母は何も持たせようとしなかった。どうせ全て消して戻るのだ。体一つで出ればいい。そういうわけで祖父はハンドバッグも財布も持たず、眼鏡もかけず、シャツとジーンズにスニーカーという格好。

「じゃあ行ってくるよ」と祖父は最後に私に言い残した。

 そして祖父は戻って来なかった。いまでも祖父の眼鏡は私の引き出しにあって、マジシャンの手で消されるのを待っている。

 

2008/05/01 - 2008/05/06

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このページにある全ての記述は、特に明記のない限りフィクションです。また著者である小関悠が個人の立場で書いたもので、所属する組織などの立場や意見を示すものではありません。
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