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見えない大学 : コンビニエンス・ストア

 開店時には地元新聞に取り上げられるほどの注目を集めたにも関わらず、コンビニエンス・ストアが構内のどこに位置しているのか知る学生は少ない。部外者ともなれば尚更である。正門を入ってすぐ左手の案内所には、コンビニエンス・ストアまでへの道順を記した地図が山積みされている。どこかの気紛れなメディアが、物珍しい大学構内のコンビニエンス・ストアを紹介すると、それ目当てに現れる周辺住民や観光客が後を絶たないからである。

 正門からの道筋はこうだ。まっすぐ時計台の方へ歩き、楠の左側をくぐる。地下への階段を降りず、その脇を抜ける。古くからA=Lと学生に呼ばれる細い路地を抜け、文学部旧校舎をぐるりと反時計に回り、新校舎からの空中通路の下を通ると右手に細い階段が現れるのでこれに登り、またすぐ右手にある階段を降りる。コンビニエンス・ストアはそこにある。地図通りに歩いたのに見つからないと言う人も絶えないが、彼等はただそれをコンビニエンス・ストアとは認識出来なかっただけである。

 不祥事により廃部となるまで、そこは栽培部の部室であった。コンビニエンス・ストアの正面をほぼ完全に覆う多種多様の植物、店内の壁や天井に所狭しと張り付いた蔦の一部分は、その時の名残である。残りの大部分は、部室を取り戻そうとする栽培部の残党によるゲリラ的活動の成果である。彼等は今も、周辺や店内に希少な種を持ち込んでは店員の目を盗んで栽培を続けている。店員の目を盗むのは簡単なことだ。そのつもりがあれば店からはあらゆる物を盗み出すことが出来る。もっとも、価値があるものは少ないのでそうする者は少ない。そもそも訪れようと試みる部外者の数に比べ、本当に客と呼べるような学生はほとんど現れない。ここには一部の固定化された、客とは形容し難い人間が出入りするだけである。栽培部の残党もその一種だ。

 大学にコンビニエンス・ストアを建設するというアイデアは独立行政法人化を前にした様々な規制緩和の一環として、学長自らが提案し実現したものである。多数の学生の利用が予想されたため、出店を願い出るコンビニエンス・チェーンはすぐに現れた。問題はそこからである。まず一部の学生が、次に教員・教職員たちが、最後に生協の組合が、それぞれ建設に反対を表明。彼等の要求に応えるため、コンビニエンス・ストアは当初想定されていた形、すなわちどこにでもあるような格好の年中無休常時営業スタイルから、大きく外れることとなった。

 活動家と呼ばれる一部の学生の意見はこう。コンビニエンス・ストア、その休むことの無い形態、統一的なシンボルを用いた全国的な展開、多種多様な売れ筋商品を狭い店舗に陳列する商法は、嘆かわしくも実に資本主義的である。大学であるからには思想的平等の原則を果たさなければならない。つまりコンビニエンス・ストアのコンビニエンス・ストア的であるところ、判を押したような共通デザインを、大学内に持ち込むことは許されない。さもなければ我々は改装中、開店後も店舗前で座り込み、シュプレッヒ・コールを続けるであろう。

 実際に座り込みを行った学生はごく少数であったが、任期中にトラブルなく開店させることを望んだ学長は、この要求を飲んだ。結果、コンビニエンス・ストアの名称はコンビニエンス・ストアとなった。制服は白衣となった。ロゴは無し。大規模な改装も無し。そしてそこには蔦や蔓が残り、それらが今も増殖し続けていることは先に述べた通り。

 思想的な学生の意見に比べると、教員・教職員たちの意見は簡潔である。24時間営業を止めよ。なぜなら、それは間接的に長時間勤務を推奨するものであるからだ。24時間営業にこだわりを見せ続けたのは学長自身であったが、深夜の売上を疑問視するコンビニエンス・チェーンの意向もあって、この件も認められることになった。学長は地震学の専攻であるが、同じ研究科の有力教授が反対運動に回ったと言われている。ともあれ営業時間は古い伝統に則り、朝の7時から夜の11時までと一度は定められた。しかしここにも教職員から自分たちの勤務時間に完全に一致させる必要があると物言いがつき、結局は朝の9時から夕方の5時までの営業、昼の12時から1時までも休みとなった。

 生協組合は最後の最後に反対の声をあげた。それも盛大に。開店まで三日と迫った日のことだった。組合は以下の条件を飲まなければ完全なストライキ、つまり全ての食堂と書店・クリーニング・薬局・カメラ屋・時計店・チケット取り扱い・古書売買・自転車の販売と修理における業務を中止する、と宣言したのである。条件は二つ。既存職員の立場を守るため、店員には生協職員を雇用すること。既存店舗の存続を脅かさないよう、取り扱い商品は生協各店が取り扱わないものに限ること。

 実際のところ組合の狙いはこのような要求を認めさせることではなく、コンビニエンス・ストア計画を完全に撤回させることにあった。それ故、これほど強い要求をこれほど直前に行ったのである。しかし学長にも立場があった。驚くべきことに、彼はこの要求も飲み込んだ。組合の読みとは異なり、彼には後戻りする時間さえ無かったのである。

 こうしてコンビニエンス・ストアは誕生した。そこには一般名称しかなく、昼休みがあり、文房具がなく、枝があって実が生り、雑誌はなく、お菓子もなければジュースもなく、新聞もコピー機も、傘もない。取り扱い商品は栗や杏、演歌のスコア、城や町屋のプラモデル、インディーズ・メタルバンドのCD-R、成人向けコミック、カレー饅と中華饅、ホテルや居酒屋の業界紙、イタリア産のチーズ、栽培部との折衝で掴まされた胞子をばらまく、あるいは臭いの強い、もしくは少しの風でバチバチと騒々しい音をたてる植物の数々、生きた鶏、ジュースのおまけについてくるフィギュア、釣竿、もしくは何者かが勝手に持ち込んだ品々、膨らませて値札をつけた等身大の女性の裸体人形、5インチか8インチの2DDフロッピーディスク、「○○教授も愛用!」とポップのついたかつら、高級茶葉に各種薬草、占いの書かれた紙切れ、死んだ鼠、ダイヤブロック、小さく「危険」とだけ記された薬品、新聞部の各々が制作した新聞の山、井戸水、人のくるぶしだけを集めた写真集、旋盤、など。他にもいつか誰かが置いていったものが、盗まれるまではそこにあり、おそらくはいつまでもそこにある。

 

2006/01/26 - 2006/01/27

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この文章は小関悠が個人の立場で書いたもので、所属する組織などの立場や意見を示すものではありません。特に明記のない限り、この作品はフィクションです。

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