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Game Over The Rainbow

 その日は朝ごはんがなかった。いつもは誰かが家の前に届けてくれるのに、今日はなにもなかった。そのかわり玄関に貼り紙がしてあった。「すみませんが、この世界は終わります、今日」そうだった、そうだった。この世界も今日までなのだ。前に聞いていたのに、すっかり忘れていた。なにしろこのところ、家に籠ってゲームばかりしていた。おかげで世の中の話題からずいぶん取り残されてしまった。

 

 部屋に戻って昔のニュースを読み直した。世界の終了はちょうど半年前にアナウンスされていた。「ごめんなさい、世界はもうすぐ終わります。デポジットはすみやかに返金されます」最後まで運営の翻訳はぎこちない。しかし世界の終了は驚くことでもない。毎日さまざまな世界が生まれ、さまざまな世界が死んでいく。珍しいことなんかじゃない。ただ世界には世界が多すぎて、誰も把握できていない。

 

 この世界も一時はハックアンドスラッシュ系としてけっこうな活況があった。敵を倒して家を建てたり、みんなで冒険をしたり、初めて会った人とまたたく間に結婚したりしたものだった。人が人を呼び、いつだってあたりにはたくさんの友達がいて、賑わっていた。

 

 問題はむしろ住人が増えすぎたことだった。世界を広げるべく、運営は立て続けの拡張工事を行った。しかし新しい住人はそれ以上のペースで増え続けた。そのため新しい住人たちは金を稼いでも家は持てず、新しい目標が作られても熟練した住人たちが瞬間で片付けてしまい、結果として人は余るばかりで、他にやることのない住人が暴徒化し、治安は悪化、教育も破綻、最後にはハイパーインフレになって経済が成り立たなくなってしまった。住人たちは次々と他の世界へ退避した。そして誰もいなくなった。ほとんど誰も。ゲームにはまりきっていた私のような例外を除いて。

 

 私は街を歩いた。かつてレアアイテムと呼ばれ高価で取り引きされた道具や本が、今は無造作に軒先で並んでいる。世界が終わればすべての財産は無に帰る。無人の家をすこし回っただけで、レアな絵画や食器の丁寧なコレクションがいくつも見つかった。それからたくさんの写真。まだ元気だったころの世界の写真が、あちこちに溢れている。写真の中の街は毎日が祭のようで、駅前の交差点では大勢の人が行き交っている。写真の中には知った顔もあった。むかし一緒にパーティを組んだ人達。仕事を紹介してくれた先輩。なんと私の顔もある。妻の顔も、娘の顔まで。アイスクリームを買うために三人で行列に並んでいたときの写真だ。すでに物不足の気配があって、行列はとても長かったが、三人でいれば待ち時間なんて苦労ではなかった。

 

 なぜ妻はいなくなったのだろう。この世界が壊れ行くのを見て去ったか、それよりも先に私が壊れて愛想を尽かしたのか。どちらだったか思い出せない。私は三人の写真を抜き取ってポケットに入れた。

 

 かつて行き着けにしていた定食屋も、今はがらんどうだった。キッチンに入り、最初に目についたスパゲティを茹でることにする。棚にはインスタントのカルボナーラソースがあった。娘が好きでよく注文したが、インスタントだったのか。味なんて気にしたことはなかったけれど。食べていると、外では雨が降りはじめた。けっこうな豪雨だった。人はいなくなっても、プログラムは残り、世界は動き続ける。いまも世界のあちこちで、スコールが降ったり、雪が降ったり、地震が起きたりしているのだろう。ただそれを感じる人は誰もいないけれど。そして世界は止まるけれど。

 

 食事をとって落ち着くと、壁に古いラジオがあることに気付いた。むかしはここで野球中継をよく聞いた。ふと思いつきでラジオを点けると、驚くことにポップミュージックが流れはじめた。名前は忘れたが、お洒落でバブリーな渋谷系っぽい曲だった。店の入口には新聞もあった。三十枚ほどが山積されている。一月ほど前に誰かがここへ来たようだ。今日の朝刊もある。ちゃんとラジオ欄もあった。今の時間は「90年代ヒットソング(再)」。誰がこの新聞を書いたのだろう。誰がラジオを運営しているのか。ぼんやりとそんなことを考えた。そしていつの間にか眠ってしまった。

 

 目覚めたとき、空にちょうど晴れ間が見えはじめていた。二時間ほど寝ていたらしい。ラジオは止まっていた。外へ出る。遠くにテレビ塔が見えた。あそこへ向かって歩こうと思った。他にすることもないし。かつては誰もがあそこを目指して集まったものだった。立派な観光スポットだった。あそこにいけば、まだ誰かいるかもしれない。今日、世界が終わることに気付いたばかりの人とか。

 

 辿り着いたときにはもう夕方だった。あらためて見るテレビ塔は巨大で、このようなものを作り上げた運営は偉大だとあらためて思った。しかしあたりは無人である。中に入ったが、やはり誰もいない。エレベータは止まっていた。当然だろう。世界は今日終わるのだ。

 

 私は階段を登った。無心に、無心に。次第次第、空が夕焼け色に染まりはじめた。遠くに虹が見える。その色は昔の記憶と同じだった。脳裏に焼きつけようとするが、どんどんとあたりは暗くなってくる。街に灯るはずのネオンが見当たらない。もうすぐ暗闇だ。そうするとすべてが終わる。空が急速に暗闇に覆われる。私はもう一度写真を見なおす。妻と娘がそこにいる。どこかでまた会える。そう思って私は空へと飛び出す。

 

2010/06/21 - 2010/07/02

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このページにある全ての記述は、特に明記のない限りフィクションです。また著者である小関悠が個人の立場で書いたもので、所属する組織などの立場や意見を示すものではありません。
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