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よくない女

 仲里まりかは本当によくない女だ。彼女は小学校のときから幼馴染である。隣の団地に住んでいたので、昔はよく彼女の家に遊びに行ったり、一緒に登下校をしたりしていた。とても大人しい性格だった。背が低くて、自分からあまり話さず、絵を描くのが得意で、ヨーグレットが好きだった。すごく美人なお母さんがいて、参観日になるといつも話題になった。お父さんは見たことがない。家へ遊びに行っても、いつも彼女とお母さんしかいなかった。その頃は理由が分からなかったけれど、あとで分かる。

 

 良くも悪くも、まりかが目立つようになったのは中学校に入ってからだ。学校にはひとつ上の学年に坂村という優男がいて、たくさんの女性の人気を一手に集めていた。そしてまりかも、ごく自然に彼の虜となった。もちろん、そんなことは誰も知らなかった。僕でさえ知らなかった。みんなが知ったのは、冬のある日、彼女が坂村へ告白したからだ。

 

 告白だけなら思春期の暴走で片付いたかもしれない。誰にだってあることだ。しかし坂村が彼女の告白を受け入れたので、笑って済ませなくなった。彼はあまりにも人気がありすぎた。だからこそ、女性陣は互いに牽制するばかり、今日まで誰からも告白などされなかったのだ。一方のまりかは相変わらず地味で、ほとんど誰も彼女のことなど気にかけていなかったし、彼女もほとんど誰とも話をしなかった。だからほかの女性になんの気がねもなく告白することができた。そうして二人は付き合いはじめた。

 

 とはいえ、気がねなく済んだのはその時までだった。うまくいくはずがなかった。なにしろ中学生なのだから失敗して当然。まして学校のアイドルと地味な後輩が付き合いはじめたのだから、結果ははじまるまえから見えていた。男達は二人をはやしたてた。そして女達は、まりかを陰湿にいじめはじめた。二人はよく我慢した。でも、その仲は二か月ももたなかった。どちらが先に音をあげたのかは分からない。とにかく二人はある日から目を合わすことさえやめた。男達は茶化すのをやめた。女達のいじめは卒業まで続いた。

 

 まりかは私立の女子高へ進学した。さすがに彼女の家へ遊びに行くこともなくなり、彼女と顔を合わせる機会はほとんどなくなった。かわりに、彼女の噂話をたくさん耳にするようになった。いわく、彼女は変わった。放課後はいつも繁華街へ出て、他の学校の男共とつるみ、彼氏を作ったかと思えば別れ、彼氏を作ったかと思えば別れ、二股や三股は当たり前、恋人のいる男に手を出したとか、大学生と付き合っているとか、数学の先生とやけに親しいのには理由があるとか。

 

 本当だとすればあまりの変わりぶりだ。はじめはそんな噂など信じなかったし、信じたくもなかった。駅などでときどき彼女を見かけることもあったけれど、人並に大人っぽくなった以外はなにも変わっていないように見えた。たぶん女子高の誰かが、いじめがわりに悪い話をでっちあげていたのだろう。そう思っていた。

 

 でも噂は悪くなる一方だった。より具体的な、より鮮明な、より悪い話が聞こえてきた。友達の友達が彼女の餌食になったという話が、友達が彼女の餌食になったという話になり、ついには自分が彼女の餌食になったという人間までまわりに現れた。すごい女だ、あんな女はほかにいない、と彼らは言った。おかしいのは、騙された男に限って、みんな彼女を賞賛していたことだった。たしかに俺は浮気をされた、人生で最悪の失恋だった、でも彼女は最高だった……そんなことを言うのだ。

 

 いつか本人に真偽を確かめようと思っていた。ただ、そうする勇気がなかった。もし本当だったらどうすればいいのだろう。ためらっているあいだに人生は過ぎていく。彼女は北海道の大学に進学して、顔を見る機会さえなくなった。

 

 彼女と再会したのは、成人式のあとに開催された中学の同窓会だった。学校にいい思い出がなかったはずなので、彼女の出席は意外だった。彼女はまたすこし大人っぽくなっていた。具体的にはすこし痩せた。ピアスをしていた。背が伸びたと思ったらハイヒールを履いていた。あとはそれほど変わってなかった。お母さんによく似ていた。何人かの男に囲まれ、何人かの女からは冷たい目で見られていた。

 

 二次会の途中で彼女と話す機会があった。ゆっくりと話すのは十年ぶりくらいだった。ラクロスのサークルに夢中なこと、数学の先生を目指していること、一人暮らしで手料理に苦戦していること、さいきん好きになった人に恋人がいたことなどを話してくれた。彼女の話は思いがけないほど面白かった。同窓会が終わったあとも二人で居酒屋に行って話し続けた。正確には、彼女の話を聞き続けた。お父さんがどこに逃げたか、いじめにどうやって耐えたか、そんな重い話題を彼女は飄々と話した。それから男性遍歴についてもすこし。長い付き合いがあったのに、なにもかもが新鮮だった。そして彼女が話を終えたとき、僕たちは新しい付き合いはじめることになっていた。

 

 もちろん、うまくいくはずがなかった。こちらは女性経験が乏しく、彼女は引く手あまた。おまけに遠距離恋愛だった。彼女は翌日の飛行機で北海道に帰った。何度か電話で長話をしたけれど、結局はそれから一度も会っていない。あとになって、彼女は二十歳のときすでに結婚していて、大学は半年で退学していたと知った。成人式に出席する前の晩はほかの同級生と一緒に過ごしていたと聞いた。でも、あの夜は最高だった。あの夜の彼女は最高だった。五年経ったいまでも、はっきりとそう思う。

 

 昨日、彼女から結婚式の案内が届いた。いつのまに離婚していたんだろう。何度目の結婚式なんだろう。彼女はどんなふうになっているのだろう。きっと素敵に違いない。本当によくない女だ。

 

2010/05/23 - 2010/05/31

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この文章は小関悠が個人の立場で書いたもので、所属する組織などの立場や意見を示すものではありません。特に明記のない限り、この作品はフィクションです。

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