youkoseki.com

こんにちはタイムカプセルまた

 正月に帰省したら「これはもう捨てていいのか」と母が私の古いリュックサックを持ち出してきた。大学時代にいつも使っていた、収納性ばかり重視してファッション性の欠片もない黒いリュックサック。いまこの実家にあるということは、社会人になって一人暮らしをはじめたタイミングでそのまま残してきたらしい。

 

 特に思い入れがあるわけでもないので捨ててしまおうと思ったが、念のためちょっと中を見てみるとそこはタイムカプセルになっていて、尖った鉛筆が五本ばかり入った筆箱とか、事務書類の入ったクリアファイルとか、誰か同級生から旅行に行った土産にと貰った記憶のあるバルセロナの絵葉書とか、書き上げた電子回路のレポートとか(なぜ提出しなかったのだろう?)、そうしたものが十年ほどの時を経て詰まっていた。そしてその奥底に、田内麻紀からのラブレターがあった。

 

 田内麻紀は研究室の後輩だった。特に親しいというわけでも、親しくないというわけでもなく、卒業してからは一度も会っていなかった。彼女はいつこの手紙を鞄に忍ばせたのだろうか。十年ほど前なのだろう。軽く計算してみたが、当時はすでに携帯電話があった。スマートフォンではなかったけれど、伝えることがあれば、電話だってメールだってできたはずだ。もっとも彼女にしてみれば、手紙が読まれるまでに十年の時間を要するとは思っていなかったのかもしれない。

 

 彼女に連絡をとるべきだろうか。今どこでなにをしているのだろう。彼女の名前で検索すると、答はあっさりと見つかった。研究の道に進んだようで、東京の私大で助教をしている。名字は変えていないが、すでに結婚しており、男の子供二人に囲まれた写真も出てきた。昨日は中目黒のピザ屋にチェックインして、クアトロフォルマッジを食べている。私は母に見つからないよう手紙を片付け、残りをリュックサックごとゴミ箱に突っ込んだ。

 

2016/01/17 - 2016/01/18

ツイート このエントリーをはてなブックマークに追加

この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。

星新一賞入選のロボット子育て小話「キッドイズトイ」はAmazon Kindleにて100円で販売中。

その他のテキスト

東京ウェイティング
千葉県船橋市に昨年末オープンしたテーマパーク「ウェイティング・トーキョー・ベイ」(通称、東京ウェイティング)が活況だ。名前の通り、他のテーマパークなどでも見られる「待ち時間」を題材にした、世界でも類を見ない大型施設。長蛇の列を生み出す多数のアトラクションやレストランが人気を集めている。……

アイテムGo
はじめはちょっとしたことだった。職場の近くにレアアイテムが出たので、昼ごはんのついでに寄ろうとか、限定イベントがあるので、週末は遠出しようとか、そういう風にしてゲームが私の日常を少しづつ変えていった。それまで何年も家と職場を行ったり来たりするだけの毎日だったのに、今ではスマホが誘うまま、馴染みのない駅で降り、見知らぬ路地を徘徊する。私はよく歩くようになり、体重が3キロ減って、端的に言えば、健康になった。いいじゃないか。……

ロボットたちの仕事
工場に最新式のロボットが押し寄せてきたとき、私達に残された仕事はなにひとつもなかった。私達はその日のうちにラインから外され、最新型ロボットたちがその場所を奪った。慣れ親しんだ仕事を、それらのロボットに教える必要さえなかった。ロボットたちが自慢の人工知能でまたたく間に全く新しいオペレーションを作り上げていく様子を、黙って見ているだけだった。……

ロボット上司問題
上司がロボットになって三ヶ月が経ったが、これまでのところこの試みは大成功だったと言わざるをえない。もちろん、上司がロボットになったというのは、人間がロボットに変身したわけではない。人間の上司、この会社に転職してきたぼくの面倒を三年にわたって見てくれたアウレーリオという陽気なイタリア人は、ある日、朝一番にとつぜんリストラを言い渡されて会社を去った。……