俺が大学生だった時、なんでも持ち込み可の試験に遭遇したことがある。講義によってはノートや辞書、電卓の持ち込みが可能な試験は珍しくない。しかし、なんでも可というのは聞いたことがなかった。「なんでも持って来ればいい」教授は試験の前の週、確かに言った。「とは言え、替玉受験は禁止だ。だから他人を持ち込むのは駄目だ。机からはみ出るほど巨大なものもいかん。武器を持ち込んで他の学生を排除するのももちろん問題だ。法と憲法は守れ。しかし、それ以外ならなんでも持ち込み可」
もっとも、そう聞いて喜ぶ学生は少なかった。電磁力学の難しい講義だった。教科書やノートを読めば方程式は分かるが、それ以上のことは分からない。試験に何度も同じ過去問を使い回す先生も少なくなかったが、この講義は別で、毎年よく練られた新しい難問がずらりと並ぶ。大学院生が使っている電磁力学の専門ソフトをノートパソコンに入れて持ち込もうとする者もいたが、あと一週間で使い方をマスターできるとは思えなかった。
そういうわけで、俺は携帯電話を借りた。叔父が電話会社に働いていたので、頼み込んで一日だけ貸してもらうことにしたのだ。一リットルの牛乳パックくらいの大きさで、重さもそれくらいあったと思う。続いて、サークルの後輩に物理学の神童がいたので、彼の力を借りることにした。試験が始まると彼に電話をして問題を説明し、解けたら折り返し電話をしてもらうという手筈だ。
試験当日、俺が肩から携帯電話を下げて教室に入ると、既に部屋にいた学生はどよめきの声をあげた。大半がその時、初めて携帯電話を見たのだろうと思う。すでに教壇にいた教授も、こころなしか動揺しているように見えた。もちろん、それは勘違いだった。試験のあった物理第二教室は、地下二階の圏外だったのだ。
2008/07/20
この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。
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私、口裂け女だけど
私、口裂け女だけど、前にひどい男に会ったよ。いつもみたいに街行く男に「わたし、きれい?」って尋ねて、「きれいじゃない」なんて言おうものなら鎌で斬り殺してやろうと思ってたんだけど、その日に捕まえた男は「きれいだよ、うちの女房よりずっと」なんて言うのよ。確かめたくなるじゃない。だから彼の家まで憑いて行ったの。伏見にある一軒家だった。女房は確かにブサイクだったけど、三日見れば慣れるレベル。男はお洒落というか、コーエーの三国志に出てくる孫策みたいな顔だったから、なんでこんなブサイクと結婚したんだろうって不思議には思ったけれど、きっと女にものすごい特技があるか、男に致命的な欠陥があるんだと思った。私、遠慮なんてしない質だから、もちろん尋ねてみたんだけど、答えはやっぱり後者で、なんでも男にすごい借金があるって言う話。借金する男なんて今すぐ別れなさい、って私がキッパリ言うと、女は泣き出して、男はニヤニヤするから、お前も借金なんかするなや、って男に鎌を突き付けて言ってやった。長い話し合いの末、男は月々少しづつ借金を返済していくということになったんだけど、その時なんだかよく分からないけどウルサイ男が二人ばかりやって来て、金返せとかなんとか言うから、もうその話は終わったんじゃと鎌で斬り殺してやった。後で聞いた話だと色々あって借金の問題は程なく片付き、夫婦は仲睦まじくなったそうで、めでたし。たまには私も人の役に立つんだという話。……
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(以下は「はてな」にあった、ニセ読書感想文の執筆依頼のために書いたものです)……
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