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相撲取りがやってきた

 ある日、俺が家に帰ると、玄関に相撲取りがいた。俺は驚かなかった。相撲取りのことはテレビでもインターネットでもずいぶん話題になっていたからだ。

「僕は…」相撲取りがなにか口を開きかけたが、俺は遮った。

「君が、俺の家の担当なんだね」

「へえ」相撲取りは言った。若く、まだ線の細い相撲取りだったが、それでも俺より二倍くらいの幅がある。

「俺の知っている限りでは、君はなにがあってもここから離れようとしない」

「そうです」相撲取りは自信たっぷりに言った。確かに、この体を動かすのは容易ではない。

「離れないどころか、なんとかして家に上がり、俺の生活を監視しようと考えている」

「監視だなんて。見守りです」相撲取りは心外そうに言った。

「そうやって俺の個人情報をいくらか得ると、次に俺になにか物を売りつけるようになる」

「リコメンデーションです。多くの皆さんに支持されています」相撲取りはそう言うと咳払いをした。「全てはお客さんの要望次第です。なにも要望がなければ、僕はこうやって玄関で立っているだけです。家に上がって欲しいと言われれば、上がります。なにか特売や新製品の情報を教えて欲しいということであれば、教えます。それだけのことです」

 

 三日後には、相撲取りは俺の家を自由に出入りするようになっていた。なにしろ玄関前にずっと立ち尽くしているのだ。相撲取りに冷たい家だと周囲に見なされてしまう。

 家の中で相撲取りは、常に俺の行動を監視、もとい見守っている。特に俺がいつ何を食べたか、何時に誰と電話したか、テレビは何チャンネルを見ているか、細々と大学ノートに記録しているようだ。

「そのノート見せてよ」と俺が言うと、相撲取りは素気なく、

「プライベートなことなんで無理です」と答える。

「俺のプライベートでしょう」と言うと、

「プライベートな質問なので答えられません」と言い返す。なんだかよく分からない。

 

 俺は恋人に、相撲取りの話を相談した。彼女の家にはもう一年も前から相撲取りがいる。「結構、便利なのよ」と彼女は言った。「色々なイベント情報に詳しいし、私がどういう趣味なのかも理解してくれるし。相撲取りが教えてくれるレストランはいつも美味しいんだから」

 その時、俺たちは駅前のファミレスにいた。それは俺が選んだ店だった。

「また今度、僕がもっといい店を紹介しますよ」恋人の相撲取りがいった。恋人はいつも相撲取りと一緒なのだ。

 

 それから一週間ほど経つと、俺の家の相撲取りは勝手に机の上にチラシを広げたり、テレビのチャンネルを変えたりするようになった。恋人の言う通り、それがまた、ちょうど探していたものだったり、見ようとしていたチャンネルなのだ。

「僕、けっこう役立つでしょう」と相撲取りが満足そうに言う。

 さらに相撲取りは勝手に産地直送の有機野菜を購入するようになり、勝手に成人向けマンガを買って来ては本棚に並べ、勝手にケーブルテレビと契約した。俺は相撲取りのいるリビングから離れ、ノートパソコンを持ってベッドルームに鍵をかけて引き込もる。

「開けて下さいよ」と相撲取りは言うが、俺は答えない。

 ノートパソコンを開くと、相撲取りが勝手にブラウザのホームページに設定したウェブサイトが表示された。全国各地の相撲取りの働きぶりを絶賛するサイトだ。

「僕の働きぶりも、なんか書いて下さいね」相撲取りがドア向こうから言う。

 

 ある日、俺が帰宅すると、相撲取りが慌てた様子で廻しを巻いていた。いつも帰宅に合わせて点けてあるテレビも、パソコンのディスプレイも、今日は真っ暗のまま。相撲取りが勝手に買って来たアロマディフューザーも動作していない。

「どうしたんだ」と俺が言うと、

「いや、まあ」と、相撲取りはいつになく歯切れが悪い。ふと気になってベッドルームに向かうと、恋人が慌てて衣服を見に着けようとしていた。

「彼が誘惑したのよ!」と恋人は叫んだ。相撲取りは俺の背後に現れ、こう言った。

「まあ、これでいいんです。試してみて分かりましたが、彼女はお勧めしませんよ」

 俺は家を飛び出した。深呼吸を一つ二つして、冷静を取り戻そうとした。その時、玄関の隣にある消火器に気付いた。昨日、相撲取りが買って来たものだ。俺はそれを持ち上げると、家の中へ戻り、まず恋人に、それから相撲取りに襲いかかった。

 

2008/08/14 - 2008/08/15

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この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。

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