自分で言うのもなんですがオーディオ機器への情熱には並々ならぬものがありまして、これまで様々なスピーカーを買ってきました。イシュレーターにこだわり、一本でミニコンポが買えるくらい高いオーディオ・ケーブルも買いました。そうした試行錯誤の上で最近になってようやく気付いたのは、スピーカーを誉めると音が良くなるということでした。
なにを馬鹿なとお考えの方もいらっしゃるかもしれません。しかし、よくお考え下さい。工作キットで作ったことのある人なら分かると思いますが、スピーカーの原理というのは実にシンプルです。振動板が揺れて、音が出るというだけです。つまり振動板の特性というのが、スピーカーの音の味つけそのものになるのです。そうするとスピーカーに声をかけるというのは、逆に考えますと、自分の声で振動板を揺らすことになります。この際に優しい言葉をかけてやると、それは優しい振動となって、振動板を優しく揺らします。これが振動板の特性を変化させ、スピーカーの音の味つけになるのです。
優しい振動と、そうでない振動があることを疑う人はいないでしょう。心地良い音もあれば、不愉快な音もあります。ご経験があるかと思いますが、耳障りな音というのは一度耳にすると、なかなか消えないものです。スピーカーも同じことで、これに罵詈雑言を与えてやると、いわば振動板が耳障りに感じて、その特性が残ります。一度、試しに買ったばかりのスピーカーに「お前はなんてドンシャリなんだ」と毎朝責め続けたことがあります。実際、そのスピーカーは本当にドンシャリだったので、従兄弟に格安で譲ってしまいました。
思えば今日まで、とんでもない金額をオーディオ機器にかけてきました。家計が立ち行かなくなることも、ままありました。しかし今では、お気に入りのスピーカーに「今日も頑張ってね」と優しく声をかけるだけです。イシュレーターはなし、ケーブルも数万円レベルの安価なものです。妻はオーディオに詳しくない方ですが、彼女にとっても違いは歴然のようで、いつもこう言ってくれます。「本当に音が良くなったね。これでもう新しいスピーカーはいらないね」と。
2008/10/16
この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。
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