妹が戦場に行くと言って家を出たのが半年前、僕は近頃、戦争ドットコムで更新され続ける現地の死者のリストを眺め、その中に妹の名前がないかを調べている毎日を送っている。トップページから名前を入力すると、数秒の後に「お探しのお名前はないです」と表示される。機械翻訳なのだろうか、言葉がこなれていない。その表示を見て、僕は紅茶を飮み、少しだけ柔軟体操をして、眠る。最近は寒い日が続く。紅茶を飮まないと寝つけない自分は、どういう体をしているのだろうといつも考えながら、いつも答えを見つける前に眠る。
一昨年、高校を卒業した妹は、大学に通うでもなく、そもそも受験するでもなく、就職するでもなく、そもそも就職活動をするでもなく、家でごろごろとしていた。僕は妹が高校を卒業すると同時に大学を卒業し、地元の貿易会社に就職した。いかに国に税金を納めないで済むかを考える毎日だった。
妹はカメラが好きで、やはり無類のカメラ好きだった祖父が肺癌で亡くなると、彼女は祖父の遺言で、彼のほぼ全ての財産と言える多数のカメラを相続した。それまでも彼女が撮るものといえば、肉じゃがを煮込んでいる鍋であったり、中身が少なくなっている透明なシャンプーの容器であったり、有象無象にごったがえした冷凍庫の中だったりで、家を出て写真を撮ることはまず無かった。高いカメラを手に入れた後も同じ。彼女はまだ中元ののしがついたままのグラスセット、干された下着、不揃いのコミックが並んだ棚などを撮り続けた。半年前まで。
戦争ドットコムでは、死亡者の名前の一覧が次々と増え続けている。名前を一つ選ぶと、国籍や死因、死亡時刻や死亡場所が表示される。アメリカ、イスラエル、イスラエル。爆発、爆発、発砲事故。より詳細なプロフィールが表示されることもある。ここに載せられた人を知る誰かが、情報を付け加えているのだろう。年齢、卒業した大学、兄弟の有無、あるいはもっと私的な内容。一人の日本人に対して、日本語のコメントが載せられていた。「彼は活動に参加するため、一週間前にこちらへ着いたばかりでした。地元では教師をやっていたそうです。このような事態になったことを私達は深刻に受け止めています。そして彼の冥福を祈りたいと思います」。
名前順に並べられたリストの最後には、今日も次々と「不明」という名前の死者が増え続けている。僕はその中に妹が含まれないことを祈り、妹以外の誰かのためにも祈る。今日、侵攻軍は首都を平和的に制圧したと宣言、日本政府は「戦争は事実上終結した」と発表した。僕は何故か、妹が帰って来ないような気がする。
2003/02/19
この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。
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