全身が光りはじめました。就職活動のため新大阪に向かう途中のことです。広島あたりから体が徐々に明るくなり、岡山に着いたころにはすでに眩しいほどでした。幸い、朝一番の新幹線は人影まばら。私は窓際に掛けていた春コートを頭からかぶりました。自分のコートは汗臭かったです。
私は輝きが止まるのを待っていました。しかし体はますます光を放ち、目を開いてられないほど。目を閉じても瞼に光を感じるほどの強さでした。おまけに体の内側が熱い。なにか異変が体に起きているのは間違いありませんでした。もちろん、体が輝き出すなんて人生で初めての経験です。いったいなにが原因なのか。昨日の食事はなんだったっけ。たしか、朝はコンビニのメロンパン。昼は学食のナポリタンで、夜は居酒屋の唐揚げとビール、冷奴、焼酎、塩鯖、肉じゃが、焼酎、メロン。
新幹線は一分の遅れもなく新大阪へ到着しました。私の体は輝きに満ちています。熱い。おまけに空腹。たぶんエネルギーを使っているのでしょう。そういえば朝食を摂らずに家を出たんでした。キオスクでクリームパンを買います。店員さんが私を怪訝そうな顔で見ている。この人なんか変、という目です。店員さんはあまり若くないけれど、美貌を維持しようと心がけていることが分かる女性でした。そんな女性がファンデーションを固めた眉間に皺を作って、私を怪訝に見ている。私だって好きで輝いているんじゃない。止められるなら私だって止めたい。そう言いたかったけれど、言ったところでどうなるものでもありません。百円を渡すときに手がすこし触れました。熱かったのでしょう、店員はひっ、と手を引きました。なんだか申し訳ない気持ちになります。
正直に言って私は帰りたかった。しかしその日の面接は第一志望の大手広告代理店。泣いて帰るわけには行きません。面接会場は駅からすぐのビルの中でした。人気企業だけあって、会場は買いたてのスーツを着た学生でいっぱい。とはいえもちろん、輝いているのは私だけです。ひそひそと私を指差す人達もいました。ただし大半は自分のことに必死で私のことなど気にかけていない様子。あるいは気になっても話をする仲間がいないようでした。ちょうど私のように。私はすこし落ち着きを取り戻しました。体が輝くくらいなんだ、と。私は機械工学科でただ一人の女性でした。男ばかりの従兄弟たちの中で私一人だけ身長が170センチありました。そうした状況と今と、そう大差ないのではないかしら。
完璧なメイクを施した女性が一人づつ面接に呼びます。私の番になって彼女はちょっとひるんだ様子を見せましたが、すぐになにごともなかったように冷静な顔で私の名前を呼びました。面接官も落ち着いたものでした。これまでに何人もの学生を見てきたのだと思います。体の輝く人間だって、もっと変わった人だって、何人も見てきたに違いありません。私は安心して就職への思いをぶつけました。
私が言いたいのは、つまり、自然体が一番というわけです。かがやくことだってあります、かがやかないこともあります。すべてが自分自身なのです。ありのままの自分を見つめて、それを相手に伝えれば、きっと就職活動はうまくいきます。私自身は結局それからいろいろあって伯父の法律事務所に就職しましたが、皆さんの就職活動もうまくいくよう祈っております。
2009/07/11 - 2009/08/02
この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。
星新一賞入選のロボット子育て小話「キッドイズトイ」はAmazon Kindleにて100円で販売中。
二次元を探して
祖父が死んだ。脳梗塞だった。なんの予兆もなかったので家族の誰もが驚いた。先日、五十年以上勤めた市役所を定年になったばかり。家族揃ってお祝いをしたときは元気そのものの姿だった。まだ75歳。健康に気を遣う人ではなかったが、死ぬには早すぎた。……
猫の声
母は超能力者の家系で、彼女自身はどのような煮物も完璧に作るという能力を持っていた。姉は傘を持たないときは決して雨に降られないという能力だった。そして僕は猫の声を理解し、話すこともできた。もっとも僕達はペット不可の団地に住んでいたから、僕の能力が発揮されるのはせいぜい登下校で野良猫とすれ違ったときくらいだった。……
暗殺しながら生きていく
「暗殺しながら生きていく」ははてな匿名ダイアリーに投稿しています。……
兄のいない一週間
太陽にバグが見つかって、兄は修理の旅に出た。兄は一流のエンジニアというわけではないが、旧式のコンピュータ・オタクではある。旧式コンピュータのオタクであるし、旧式のオタクでもある。今や太陽はレガシー。月もレガシー。地球もレガシー。修理できるのはオタクだけだ。兄自身もレガシーと言えるだろう。太陽なんて修理しても誰も賞賛してくれないが、誰も賞賛しないことをやるのがオタクである。少なくとも兄はそう思っている。……