youkoseki.com

くるみ割り人形の快調な朝

 変な夢を見た。二人組のストーカーに追いかけ回される夢だ。二人組って、三人でデートでもしたいのか。でも、一人は西川純子みたいで、凄くタイプだった。とりあえずそれは夢の話だ。カーテンを開けると、光がまぶしかった。外はいい天気だ。珍しく、頭もスッキリしている。今日は学校をサボろう。

 

 僕は常々思う。普通の日に学校に行くのは構わない。体調不良の日に休むのは当然だ。ただ、どうしてこう、調子のいい日にまで学校に行かなければいけないのだろう?数学数学古典体育、物理英文法、で終わる一日。部活動に所属していないのがせめてもの救いだ。仕方が無いので、法整備が整うまで病欠をこれにあてる。お陰で気分の波が激しい僕は、学校ではめっきり病弱扱いになっている。

 

 こういう日、普段からバス通学の僕は、途中の商店街で降りるのが普通だ。まず、バスの車内で知人と会わない様に心掛ける。制服の無い学校を選んで良かった。無事についたら、まずコンビニでマンガ雑誌を読む。それだけでは悪いので、缶コーヒーを買う。そして、外れにある小さな児童公園のベンチで飲む。「幸せだなぁ。」とひとりごちる。

 

「あれ?何してるの?」こういう時、声をかけられると本当に驚く。僕は慌てて顔を上げた。検索に時間はかからなかった。「あ、藤川?久しぶり。」「久しぶり。で、何?サボリ?」藤川は小・中の同級生だ。小学生の頃は、よく一緒に遊んだ。僕は笑って答えた。「そ、サボリ。なんか調子良くてね。」藤川も笑った。藤川はいつもぎこちなく笑う。しかし、それはただの癖である事を僕は知っている。「そういう藤川は学校こっちだっけ?やっぱりサボリ?」藤川の笑みは、更にぎこちなさを増した。「ま、そう。サボリかな。うん。」

 

 僕達はベンチに並んで座った。それから僕は自分の哲学を、藤川に話した。「こんなにいい天気の日はさ、休みにすべきだって、絶対。そう思わない?」藤川は少し困った様な顔をした。少しだけだ。だけど僕はそれを見逃さなかった。「あれ?思わない?」「いや、そうかもしれない。でもさ、ホラ、僕は学校行ってないから、最近。」今度は多分、僕が困った様な顔をした。そして藤川はそれをすぐに察した。「何て言うのかな、つまり、いじめ、というか。今日も行くつもりだったんだけどね、何だかまた嫌になって。」そう言うと藤川はまた、ぎこちなく笑った。「学校自体には行きたいんだけど。なんか優等生っぽいかな、これ。」

 

「でも、学校なんてさ、つまらないよ、実際。だからサボる訳だし。」僕は笑ってみた。「フォローになってないけど。」本当にそうだな、と思いつつ僕は付け足しだ。少し沈黙の間が流れた。藤川が思い出す様なフリをして言った。「この前さ、中学の頃の同級生がさ、女の子紹介してくれる、って言ったんだ。ホラ、村上がさ。」「あぁ、村上。」すぐに調子の良さそうな顔が思い浮かんだ。「村上が言うにはさ、本上まなみ似の美人、って話なんだけど、どう思う?」僕は今度は心から笑った。「それは無いって、絶対。村上が言ってたんだろ?無い無い。」藤川も笑った。「だろ?いや、分かってるんだよ。でも、やっぱりちょっとだけ見たく無い?ひょっとしたら、とかさ。」「無いよ、絶対。」僕は即答した。「いや、でも、やっぱりちょっとは見たいかな。」「だろ?」藤川は再び笑った。僕も笑った。

 

「やっぱり、俺、今から学校行くよ。」僕はコーヒーの残りを飲み干して立ち上がった。「ムリしなくていいんだって。」「ん、じゃあやっぱりやめる。」「それよりもさ。」藤川も立ち上がって言った。「サボった時にいつも行くゲーセンがあるんだけど、そっち行かない?」「あ、そっちがいい。それで行こう。」僕は空き缶をゴミ箱に向かって投げた。缶はゴミ箱の縁に当たって、外に落ちた。「じゃ、行こう。」藤川はその缶を拾って、ゴミ箱に入れた。

 

1999/03/18

ツイート このエントリーをはてなブックマークに追加

この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。

星新一賞入選のロボット子育て小話「キッドイズトイ」はAmazon Kindleにて100円で販売中。

その他のテキスト

最後の物語
僕の友人の話をしよう。名前は竹本博史。彼は僕と同じ会社に勤める、まぁ普通のサラリーマンだったが、実は作家志望で、暇を見つけては何か物語を書いていた。ところが今の今まで、彼の作品は一度も完結した事が無い。何故か?それは、彼がこと、自分の作品の事になると、極端に凝り性になるからだ。……

トマトは青い夢を見る
朝、雨になりそうでならない天気では洗濯機に活動を命じるにも躊躇する。僕は涙を流した事が無い。最初の講義が始まる時間が近づいていた。傘を持つかどうかで一先ず悩んだが、天気予報は降ってもにわか雨程度と伝えていたので持っていかない事にした。傘で手が塞がるのは好みでは無いし、いかにも中途半端な性格を表したかの様な折り畳み傘という選択は、僕の性質に合い過ぎてもっと僕の好みで無かった。そして今度は自転車に乗って行くかどうかで悩んだが、今日は歩いて行く事にした。洗濯をどうするかというの議題については結局タイムアウトとなり、山になった洗濯物はまた明日の議会の時間に回される事になった。三つの選択はそれぞれ矛盾しているかもしれない。雨が降ると思うなら傘を持つべきだろうし、降らないと思うなら今から洗濯機を回して急いで自転車で行けばいい。この不思議は例えば競馬の三点買いと、根本で繋がった思想かもしれない。……

パーフェクト・ドライヴ
ゆるやかに目が醒める。朝だ。そもそもは、太陽がゆるやかに姿を見せ始める頃の事が、定義としての「朝」なのか。ならば既に昼前だ。小腹が鳴る。外は明るいが、足元は冷える。随分昔に、スカートをはいた事を思い出す。あれは奇妙な経験だった。想像よりもずっと寒いのだ。冷蔵庫の中は絶望的な眺めだった。機嫌の怪しいヨーグルトが一つ。戸棚から覗くコーンフレークに絡めて食べた。……

カツカレーのあるイタリア料理屋
それでだな、俺は店を出したんだよ。小さな店だ。あぁそう、とても小さかった。だが料理は最高だった。俺がつくるんだからな。そう、俺は料理を「つくって」たんだよ。「にんべん」じゃ無い方の「つくる」だ。「そうぞう」の「そう」さ。……