それでだな、俺は店を出したんだよ。小さな店だ。あぁそう、とても小さかった。だが料理は最高だった。俺がつくるんだからな。そう、俺は料理を「つくって」たんだよ。「にんべん」じゃ無い方の「つくる」だ。「そうぞう」の「そう」さ。
半年は思っていた通りの売り上げだった。最低、って事さ。俺の親父に金の都合を頼んだ時「ネコは自信ありげに道路を横切って、車に踏み殺されるんだ。」って言いやがった。だがな、俺には自信なんて無かった。そうさ、ネコほどの自信なんて、全く無かった。嫁の親父はこう言ったよ「何の影響を受けた?」って。「何の悪影響を受けた?」だったかな。まぁいい。そう言ったのさ。学生の時に「ロッキー」を見てボクシングジムに通い初めて、4日でやめた。体が動かなくなって、立てなかったからな。俺はそういう人間なんだ。妻の親父は言ったのさ「何の悪影響を受けた?」。だが、俺は珍しく何の影響も受けていなかった。俺は大マジだったからな。俺は一生でマジになった事はほとんんど無い。『大マジ』なんて未だにその時だけだ。俺は小さなイタリア料理屋を始めた。カツカレーも置いてある様なイタリア料理屋をね。
思っていた通り最低だったさ。みんな「それみろ」という顔をした。だが、俺は分かっていた。「それみろ」?冗談じゃない。俺は「分かっていたんだ」。「分かっていない」のはお前らの方だ。「それみろ」、やっぱりお前らはそんな顔をするさ、そう俺は思った。何もかも予定通りだった、と言えるな。俺の予想通りだった。朝晴れの中で一人カサを持って歩くのさ。でかい雨傘を。みんな変な目で見る。夕方に雨が降る。でかい雨傘で無いと困る様な雨だ。みんな少なからず濡れて帰る。俺は優々と傘をさす。ハンドバックを頭の上に置いて走って帰るオバハン。朝に見た顔だったらガッツポーズだ。「嫌な天気ですね」そう声をかけたくなるさ。
突然おかしくなって来やがった。先月ぐらいからさ。どこかの偉い評論家さんが俺の店を評論してくださったのさ。「隠れた名店」って。おい、聞いたか?俺は「隠れていたらしい」。カンケリで鬼に見つかったらダッシュでカンをケリに行かきゃならない。それまでは隠れているのさ。こっそりと草っ原の中にな。「もう夕方だし帰ろっと」とか鬼が言っても出て行っちゃダメだ。「隠れていないとな」。
店はたちまち見つかった。俺の店だ。変なオヤジもやってきた。「このパスタはどこのモノかね?」そいつは言いヤがった。「チェルノブイリで取れたのさ。空気は悪いが味はイケる。」俺は言った。なんかの雑誌に批判の記事が載ったらしいが俺は見ていない。「マスコミに騙されるな。味の本質にはほど遠い。」とか書いたそうだ。よく分かっているじゃないか。よく分かってる。「マスコミに騙されるな。」ってあたりが特にな。
だが客は増えた。テレビもやってきた。「どうしてカツカレーがあるのですか?」「カツカレーは嫌いか?」。半月後「まだあったこだわりの店!」という番組で紹介されていた。俺は根っからの江戸っ子で頑固な親父だそうだ。笑える話だろ?俺が江戸っ子だってよ。俺を江戸っ子だって思っている人間は、俺が江戸っ子じゃないと知っている人間よりも多いかもしれんな。
カツカレーだけじゃない、ザルソバもあった。嘘だ。
どうしてウチの店にはいつまでもカツカレーがあったと思う?あんたに想像つくか?え?あんたらは色々と想像出来るだろう。言われればな。だが、答えは当てられない。絶対に。何故なら答え合わせをしないからだ。答えを知らないからだ。俺は昔、中学受験をした。私立のいいトコロだった。試験の次の日、合格発表を見に、その学校の体育館に行った。俺のナンバーは無かった。分かるか?答えを知らないんだ。結果だけがある。いつまでもそこに。カツカレーは俺が好きだからあるのかもしれない。子供用のメニューかもしれない。得意料理だから?イタリア料理に合う?カツカレーはイタリア料理だ、ってのはどうだ?どこのイタリア料理屋でもジツはあるのさ。高そうな店に入って、ピカピカのイスに座って「何とかワイン、それとカツカレーを。」って言うと喜んでカツカレーを出してくるのさ。あんたは知らないだけだ。どうだ?否定出来るか?
昨日、俺は店にガソリンを撒いて、燃やした。よく燃えたさ。妻は何も言わなかった。だが、喜んでいたのは間違い無い。それは異常だったからな。金はある。ちょっと休む。それだけだ。普段の俺はそういう人間じゃないんだが。まぁいい、あんたは絶対に俺を理解出来ないだろうし、しようとも思って無いだろうからな。
うん?ちょっと長くなったな。あんたは物好きなのかもしれないな。俺の話を聞いてくれて。どこかで会った事があるか?ん?あんたは俺の話を聞いた。俺はあんたを知らない。あんたは誰なんだ?そうさ、俺は間違い無くカツカレーが好きだ。ペスカトーレも好きだ。あんたは何が好きなんだ?俺は店を燃やした。俺は狂っていると思うか?あんたは狂ってないのか?大丈夫か?何か御感想はあるか?え?俺は狂ってるかもしれん。多分狂ってる。あんたはどうなんだ?あんたは。あんたは一体誰なんだ?
1999/02/01
この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。
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