youkoseki.com

初恋の終わりの終わり

 中高生のころ、私は無茶苦茶もてた。たぶん学校にいるほとんど全ての男性が私を好きだった。あまりにもてすぎて誰も言い寄ってこなかったくらい。だから何人が私を心の底から愛していたのか、正確なところは分からない。でも、きっとほとんど全員に違いなかった。その証拠に、いつも誰かの視線を感じた。夢では誰もが大胆に私を奪い合おうとした。彼らは現実の満たされなさを夢で果たそうとするのだ。夜道を歩いていると、背後から襲われそうになったこともあった。私はいつも早足だった。うっかり教室に荷物を置いて帰ると、翌日には全てなくなった。鉛筆でも辞書でも絵の具でもなんでも。私は女友達に頼んで、一人で外を歩かないようにした。やっかみを恐れて、男性とは話をしないようにした。自惚れの病気にかかったのではと両親は私を心配していた。中学三年の担任が卒業時に告白してきて、私をとりまく状況はようやく理解された。もてのイコンが世界にあるとすれば当時の私がそれだった。

 

 なぜもてたのかは分からない。分からないからいつまでも無意識のまま、もて続けたのかもしれない。美人というわけでもスタイルが優れているわけでもなかったし、性格は容貌以上に悪かった。実際のところ、女友達なんて一人もいなかった。私の近くにいることで、私みたいにもてようとする女ばかりだった。私はそんなことばかり考える人間だった。それでももてたのは、きっと特殊なフェロモンかなにかを分泌していたのだろう。なにか説明のつかない化学物質。愛のパンデミックが私の周辺に蔓延したのだ。幸か不幸か、その化学物質は地元を離れると共に消えてしまった。大学入学から今まで、ぱったりと私はもてなくなった。もうそれはぱったりと。不思議なことに、もてなくなると言い寄られるようになる。主に酒の席で。

 

 そういうわけで私は同窓会が大好きだ。次から次へと男が隣にやって来て、昔どれだけ私を好きだったかと説く。いい気分である。絵の具を盗んだと告白する男もいる。無言電話をかけたと謝る男もいる。闇夜に背後から襲ったと謝る男はいないが、きっとこの中にそいつはいる。正直に過去を語る男達にかぎって指輪をつけている。ひどいものだ。そうでない男達はかつてと同じように遠巻きに私を見て、何事か喋っている。そのうちみんなアルコール漬けになって前後不覚になる。開催されるたび、同窓会で羽目を外す人間が増えてくるのはなぜだろう。ともあれ、部屋の隅やトイレや廊下で潰れた男達を見かけると、私は看病をするふりをして財布からそっとクレジットカードを抜き取る。暗証番号はたいてい私の誕生日である。男達の初恋の終わりはこうして終わる。

 

2009/04/14 - 2009/04/27

ツイート このエントリーをはてなブックマークに追加

この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。

星新一賞入選のロボット子育て小話「キッドイズトイ」はAmazon Kindleにて100円で販売中。

その他のテキスト

父の仕事:ゴーストバスター
外資の金融系コンサルティング企業で働いていたとき、オフィスに「呪いの部屋」と呼ばれる部屋があった。二人用の小さな部屋だ。そこで働く人はすぐに体を悪くすることからそんな呼び名がついた。私が働きはじめたときにはもう何人もの人がその部屋で働き、体調を崩し、退職していた。私が働きはじめたときにそこで働いていた二人も、一月しないうちに体を悪くして見かけなくなった。……

飛豚症
ある日ゴミが視界に浮かんでいるのに気付いた。はじめは空気中の塵かと思ったが、視点を動かすに合わせゴミもふわふわと動くので、どうも眼球の異常らしい。すぐに目を洗ってみたが落ちない。仕方がないのでゴミを視界の隅に入れながら街を歩いた。ゴミは赤っぽく、よくよく見ると豚の形をしている。ときどきこちらを向いて愛らしい表情を見せる。そして視界の邪魔をする。いつからそこにいたのだろう。気にしなければどうってことないのかもしれないが、気になるとどうにもうっとおしい。僕は講義を休んで最寄りの眼科へ行った。……

文体練習チャーハン
S系統のバスはチャーハンのように人気なため、チャーハンのように混雑している。チャーハンのようにソフトな帽子をかぶった、出来立てのチャーハンのように若い男、チャーハンで米に卵のコーティングをするように、帽子にはチャーハン色のリボンを巻いている。男はチャーハンに入れる刻む前の葱のようにひょろ長い首をしている。客がチャーハンのようにあわただしく乗り降りする。男が隣のチャーハンには向かない米のようにふっくらした男に向かって、炒めている途中のチャーハンのように腹を立てる。誰かが横を通るたび、冷や飯からチャーハンを作るときのようにぐっと押してくると言って咎める。成功したチャーハンのパリっとした声を上げようとするが、失敗したチャーハンのようにベッタリとした口調。停留所に着き、フライパンを振ったかのように席がぱらぱらとあいたのを見て、男は強火で炒めるようにさっと座る。……

文体練習フラグ
今になって思い出してみても、それは記録的に暑い一日だった。S系統のバスは長年の運行を経て、ついに最終日を迎えた。その日まで、S系統のバスは一つも事件を起こしていなかったのだ。考えてみれば、SはSacrificeのSだったのかもしれない。……