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コンピュータおじいちゃん

おじいちゃんがボケてきた。昔から優しくて、博識で、特にコンピュータに詳しかったので、私達は「コンピュータおじいちゃん」と呼んでいた。

 

コンピュータおじいちゃんは旅行が趣味で、よくおばあちゃんを連れてあちこちに出かけていた。元気なお年寄り夫婦として地元でも有名だった。でも一年前におばあちゃんが亡くなってから、おじいちゃんは口数が少なくなり、旅行に行くこともなくなって、最近はたまに様子を見に行っても話をしようとせず、ぼんやりとしていることが増えた。

 

「病院に連れて行ったほうがいいんじゃない」と私は何度か言ったが、母はあまり乗り気ではなかった。「おじいちゃんは昔から病院が嫌いだから……」と言うのだ。

 

二年くらい前だったか、私が中学卒業のお祝いで、おじいちゃん、おばあちゃん、母と私の四人で旅行へ行ったとき、おじいちゃんが温泉で急に倒れたことがあった。慌てて病院に連れて行こうとしたのだけど、おじいちゃんは人が変わったように怒り出して、軽症だから病院なんて行く必要ないと言って聞かなかった。

 

「あの時はおばあちゃんに後を任せたけど、けっきょく病院には行かなかったと思う」と母は言った。「そういう頑固な人なのよ」。

 

その母は昔からおじいちゃんに似ていると言われていて、とても優しいけれど、おじいちゃんと同じように、頑固なときはとことん頑固だった。母自身は病院嫌いではないけれど、よく分からない理由で頑固になる理屈は、母なりに理解しているのかもしれない。

 

私はおじいちゃんが心配になって、週末のたびに様子を見に行くようになった。大学受験が迫り、家にずっといたくないという理由もあった。

 

おじいちゃんは、最初こそ私を見かけると挨拶くらいしてくれたけれど、冬が近付くころには、いよいよこちらのことを見向きもしなくなり、ベッドに腰かけて動こうとしなかった。「大丈夫? ごはん食べてるの?」と私は声をかけたが、おじいちゃんは返事をしなかった。

 

家の中はやけに片付いていて、生活の跡が見当たらなかった。

 

「おじいちゃん?」私は近くまで寄って、あらためて声をかけた。反応はない。生気のない目を覗き込む。そして体にそっと触れる。冷たい。「おじいちゃん?」私はもう一度声をかける。息もしていない。私は慌てて電話をかける。まず母に、それから119に。救急車がやってきて、車でかけつけて来た母もそれに続く。

 

「非常に珍しいパターンなので、私もどう説明すればいいかという感じですが、結論から言えば」と医者は母に向かって言った。「お父様はロボットですね。いまはもう製造自体が違法になってしまいましたが、五十年ほど前まではこうした高性能な人間そっくりのロボットの生産が可能だったのです。あまりに人間そっくりなので、こうして病院に持ち込まれることも昔は多々あったようで、私も教科書では読みましたが、いや、本物は初めて見ました」

 

それから医者はいろいろとを調べて、教えてくれた。ロボットの所有自体は今も合法なこと。ただし動作のためには丁寧な定期メンテナンスが欠かせないこと。そしてロボットのメンテナンス業者は今ではほとんどいなくなっていること。「調べると業者は幾つか見つかりましたよ」と医者は優しく言う。「ちょっと遠出になりますし、多少のお金はかかりますが、見た限りだと損傷はないですし、ちゃんとメンテナンスすればたぶんまた問題なく動作するでしょう」

 

「めちゃくちゃびっくりしたけど……」病院の帰り道、私は言った。「まあ、でも元通りになるなら良かったよね」母は車を運転しながら、黙って頷いた。おじいちゃんは車の後部座席に横たわっていて、そのままおじいちゃんの家に戻された。

 

年末年始はいろいろバタバタしていて、おじいちゃんはそのままにされた。急いでメンテナンスをする必要はないと医者も言っていたのだ。そのまま大学受験シーズンがあっという間に終わり、第一志望だった遠くの大学に落ちて、第二志望だった近くの大学に受かった。

 

それでも母は合格を盛大に祝ってくれた。どこで買ってきたのか鶏を丸ごと焼き、近くのケーキ屋でホールケーキを買ってきた。二人ではぜんぜん食べきれないのに。シャンパンも開けたが、相変わらず私には飲ませようとしなかった。

 

母がだいぶ酔っぱらってきたころ、私は思いきって聞いた。「おじいちゃんだけどさ」少し間をあける。「いつメンテナンスに行こうか。今日までは受験でバタバタしてたけど、大学が始まっちゃうとまた忙しいだろうし」

 

「うん」と母は言った。「私がずるずる先延ばしにしてるのは分かってるんだよね」

「うん」と私は言った。

「なんでだろうね。自分でもよく分からない」母は言った。

「自分の親がいつからロボットだったか、知りたくないってことじゃないの。おじいちゃんはずっとロボットだったのか、いつか入れ替わったのか。ずっとロボットだったなら、本当の父親は誰なのか」

 母は私のほうをじっと見た。「受験生って本当にムカつく」

「現国、一番得意だったから……」私は答えた。

 

 週末、私達はようやくおじいちゃんをメンテナンスに連れて行くことにした。

「おじいちゃんが元気に戻ったら、なんの話しよう」私はなんとなく尋ねる。

「コンピュータのくせに動けなくなる前にもうちょっと考えろよ、って言うわ」母は運転しながらそう言った。

 

2023/01/25 - 2023/02/13

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この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。

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