大学受験まであと少しだというのに、高三はじめての模試で最悪な点をとってしまった。当然、ボックスの輝きは小さくなり、いまにも消えそうであった。
僕が高校生になった年に、この十年で何度目かの受験改革があって、大学受験の合否はボックスが決めることになった。
ボックスは、電源を入れるまではただの真っ黒な小さな箱だ。学校に志望校を書面で提出すると、色々あってクラウドと同期し、合否の予測を光の加減で伝えるようになる。ボックスは成績が上がるとそのぶん明るく輝き、さらに合格が近付くと中から眩い芽が表れて、最後に赤い花が咲くと、それが合格の証となるのだ。
高校一年のころ、僕の成績はとても良かった。だから迷うことなく、一番難易度の高い大学を志望校に設定した。ボックスは、眩しいとまでは言えないものの、力強い明るさで、一年のうちからこれほど輝く学生は他にいないと一年の担任に言われたものだ。思えば、その時が僕が見た一番の明るさだった。
大学の合否は試験の成績だけで決まるわけではない。学校での授業態度や生活習慣はもちろん、趣味や性格、家庭環境まで加味され、受験生は総合的に評価されるのだ。家にいるあいだも僕たちの行動はボックスを通じて収集され、分析される。
そういうわけで、成績が奮わない同級生たちは、部活に打ち込んだり、ボランティア活動をはじめたり、あからさまに先生の機嫌をとったり、家で形だけ机に向かう時間を増やしたりして、なんとか総合的な評価を上向きにしようとしていた。とはいえ、なにがどう評価されるのか、ボックスの内側は誰も知らなかった。
僕ははじめ、そんな同級生たちをすこし軽蔑していた。成績さえ上げれば、そんな無駄なことをしなくていいのだから。高三になって、急激に成績が落ちるまでは。
毎年、おまえみたいなやつがいるんだよと、数学の教師は言った。はじめに良い成績をとったせいで、勉強する習慣をちゃんと身につけないやつが。
僕は反論したかったが、夏の模試では成績がさらに降下することになった。気付くと、授業で話している内容が、まったく分からなくなっていた。
そういうわけで僕の成績は落ちるところまで落ちたが、不思議なことに、そのころからボックスはまた輝きはじめた。秋になると、成績はまったく伴わないにも関わらず、ボックスの光は眩しいほどになった。母は不安がり、不具合かもしれないと修理に出したが、かわりに送られてきた新しいボックスも同じように眩しかった。
「この子のボックスはどうなってるのでしょう?」三者面談で、母は担任に尋ねた。
「我々もこればかりははじめてのケースなのですが」担任は言った。「ただ、今回の受験改革では、大学に受かることがゴールなのではなく、その先、大学卒業後に社会で活躍できる人間を見つけることをゴールにしています。お子様は、そんなロールモデルになれると、ボックスが分析したのかもしれません」
「成績が下がりっぱなしの、うちの子がですか?」
「ボックスの中身は我々も分からないので、なんとも言えませんが……」
つまり、こういうことだ。これまでのデータの蓄積から、どういう人間が大学に合格するかは分かっている。要するに、勉強のできる人間である。同時に、どういう人間が大学の卒業したあとに成功するかも、データから予測できる。それは必ずしも、大学受験で良い成績を収めたタイプとは限らない。むしろ社会では、ただ勉強ができるという以上の能力が求められるだろう。ボックスは、僕をそんな人間だと見極めたのかもしれない。
その時はまだ、なんの能力が評価されたのかは分からなかったが。
けっきょく、冬休みを待たずにボックスからは芽が出て、翌日には赤い花が咲いた。それは、あっけなく手に入った、最難関大学の合格証明であった。
そして、なぜそれが手に入ったかも、ほどなく分かった。父親が年末に帰国して、お前を跡取りにするから、と言ったのだ。父親はよくわからないマーケティングの会社を経営していて、ほとんど家にいない。ただ数ヶ月前に、弁護士から相談を受けて、自分にもしものことがあったときは、僕を二代目にすることを決めたのだと言う。
僕が大学に合格したことを、母が父に言った。「家柄も、ぜんぶ含めて自分の実力ってことだな」父は言って笑った。僕は笑うしかなかった。
2019/07/29 - 2019/09/02
この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。
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