「誕生日おめでとう」と顔を合わせるなり北野が言ったので、大島は少なからず驚いた。彼とは今年の四月に知り合ったばかりだし、付き合いらしい付き合いもない。どういう仲かと言われたら、大島はたぶん「同業者だ」とだけ答えるだろう。
もちろん、そんなことは自明なので誰も尋ねないが。
「それで、幾つになったんだっけ」北野は言った。
「三十です」大島は言った。
「ふむ」北野は頷いた。表情はよく見えないが、笑っているようにも見える。「歳を取るってのは困ったもんだね」
「同感です」大島は頷いた。
「あいつを見ろよ」北野は、いつものように座ったまま、顎で方向を示して言った。「高卒一年目、ピカピカの十八歳さ」
「羨ましいもんです」と大島。
「そうだろう」北野は強く言った。「一回りも違うんじゃないか?大人と子供だ」
「そうですね」大島は微笑んだ。ピカピカの十八歳は、少し離れた所で、不思議そうな表情をしたままこちらを向いている。「北野さんとはもっと差がありますし」
「俺はただの老兵さ」北野は言った。「若者が迷わないように導くだけだよ」
「立派です」大島は言った。
「ありがとう」と北野。「だから少し、手加減をしてやってくれよ」
「そうですね」大島は言った。
十八歳が、振りかぶった。そして、白球を投げた。
大島は、力強くバットを振り抜いた。完璧なフィット感。大島はそれを感じた。白球が、十八歳の頭の上を越え、更に遠くへ。大島は悠然とバッターボックスに立ち構えたまま。大観衆の仲、白球はどこまでも飛び続け、そしてライトスタンドの照明の中へ紛れると、消えた。
振り向くと、北野が首を振っているのが見えた。「プレゼントありがとう」と大島は言った。
2003/08/21
この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。
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