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猫の声

 母は超能力者の家系で、彼女自身はどのような煮物も完璧に作るという能力を持っていた。姉は傘を持たないときは決して雨に降られないという能力だった。そして僕は猫の声を理解し、話すこともできた。もっとも僕達はペット不可の団地に住んでいたから、僕の能力が発揮されるのはせいぜい登下校で野良猫とすれ違ったときくらいだった。

 

 野良猫はあまり話さない。「おなかすいたなー」とか「あついわー」とか言うのがせいぜいで、声をかけても「なんだこいつ」と怪訝に返されるのがふつうである。僕達だって猫が人間の言葉で話しかけてきたらきっと驚くだろう。同じことだ。だから僕が能力を存分に使うようになったのは、社会人になって一人暮らしをはじめ、家で猫を飼う女の子と付き合い始めてからのことだった。

 

 猫は名前をモネといった。アメリカンショートヘアの子猫だった。一方、飼主の名前はマリ。僕と同じように一人暮らしをはじめたばかりで、寂しさから猫を飼いはじめた。料理人だった。同じマンションに住んでいて、玄関ホールやエレベーターで挨拶を交わすようになり、仕事の話をするようになって、いちど料理でも食べに来て下さいと言われて彼女の働く洋食屋さんに向かい、常連客となり、彼女の家で食事を食べる関係が築かれ、しばらくの曖昧な関係のあと恋人となった。

 

 付き合いはじめは本当にいい関係だった。モネは甘え上手でよく喋り、マリは大人しいけれどいつも笑顔だった。マリが仕事で忙しいときは、仕事を終えてからよくモネの世話に通った。僕たちは夜中まであれやこれやと喋った。マリは無口だから遊び甲斐がないとモネはよく愚痴を言っていた。僕はせっせと新しいおもちゃを買い、毎日のようにモネと遊んだ。モネにかまうあまり、あやうく仕事をくびになりかけるほどだった。

 

 モネと出会って半年が過ぎ、マリは結婚したいと言うようになった。もちろん僕に異存はなかった。ただ、モネが反対した。はじめは理由が分からなかったけれども、二人きりになったときに教えてくれた。マリは浮気性だというのだ。僕のいないときに男を連れ込んでいるとモネは言った。信じたくはなかった。マリを問い詰めたが、そんなことはしていない、誰に聞いたの、と彼女は繰り返すばかりだった。結局、僕達は別れた。僕はマリとモネを同時に失った。

 

 二年が経ち、マリの友人から彼女が結婚したことを教えてもらった。店の常連客から何度もプロポーズされていたのをようやく受けたという話だった。彼女はあなたと結婚するつもりだったのよ、すごくお金持ちの人から長年プロポーズされていたのに断り続けていたのだから、あなたと別れてからもずっと、とマリの友人は僕を責めた。いや、彼女は浮気していたんだ、きっとその常連客が相手に違いない、と僕は言った。あなたはなにも分かってない、そんなこと誰が言ったのよ、とマリの友人は答えた。モネさ、信じるかどうか分からないけれど、僕には猫と会話ができるんだ、と僕は答えた。マリの友人は笑って言った。確かに私は猫と会話できないけれど、例えできても猫の言うことを鵜呑みになんてしないわ。

 

 マリの友人から教わって、僕は彼女の新居を訪れた。確かに豪邸だった。大きな門の合間から広い庭が見えた。インターホンを押すべきか躊躇していると、庭先に猫の姿が現れた。モネだった。庭を我が物顔で悠々と歩いている。モネ、モネ、と僕は声をかけた。モネはこちらを見てちょっと驚いたような表情をしたが、にゃあにゃあ、と鳴くだけだった。そしてモネは来た道を戻り、姿を消した。

 

2009/09/22 - 2009/09/30

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このページにある全ての記述は、特に明記のない限りフィクションです。また著者である小関悠が個人の立場で書いたもので、所属する組織などの立場や意見を示すものではありません。
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