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父の仕事:ゴーストバスター

 外資の金融系コンサルティング企業で働いていたとき、オフィスに「呪いの部屋」と呼ばれる部屋があった。二人用の小さな部屋だ。そこで働く人はすぐに体を悪くすることからそんな呼び名がついた。私が働きはじめたときにはもう何人もの人がその部屋で働き、体調を崩し、退職していた。私が働きはじめたときにそこで働いていた二人も、一月しないうちに体を悪くして見かけなくなった。

 

 そのころは景気が良かったので仕事がたくさんあった。誰もが嫌になるほど忙しかった。大勢の人が中途採用で雇われた。私もそんな一人。おかげで頭数は次々と増えたが、机はいつも足りていなかった。だから呪いの部屋を封鎖しようという声が聞こえることはあっても、実行されることはなかった。むしろ机をもうひとつ押し込んで三人を働かせようという案が出るくらい。三人寄らばゴーストバスターズというわけ。実際にその案は実行され、哀れな三人はみんな半月のうちに仕事を辞めた。

 

 犠牲者が二桁を優に超えるようになると、同僚のエリートたちも大半が呪いと信じて疑わなくなっていた。ビルが古い墓を潰して建てられたからじゃないか、と誰かが言った。誰かが実際に調べてみると、むかし酒蔵のあったところだと分かった。杜氏の幽霊が金融コンサルタントにどういう恨みがあるのだろう。そもそも、なぜこの部屋だけが呪われるのか。

 

 窓が無いのがいけないのでは、とまだ理性のある誰かが言った。実際、窮屈な勤務環境ではあった。顧客情報管理を徹底するため、全社員にカードキーが配られ、自室以外は同僚の部屋にも入れないようになっていた。おかげで仕事の愚痴は、もっぱら飲み屋で交わされた。インサイダー情報を求めて近所の飲み屋に張り込む相場師がいるというくらい。無能な上司、理解力のない顧客、終わらない激務、そういった愚痴はいくらでも続いた。高給だったが、それは人生をすり減らすことで得るささやかな対価でしかなかった。

 

 お払いでもしてもらったらいいんじゃない、と誰かが言うようになった。私は霊などまったく信じないけれども、なにぶん新参者だったので話を合わそうとして、そうすべきだと言った。そうすべきだ、そうすべきだ、と皆に合わせて言っていたら、いつのまにか私が一番のお払い信奉者になっていた。人の心は読めないものだ。まして金融コンサルタントの心は。そういうわけである日、私は上司に呼び出され、適切なゴーストバスターがいたら連れて来るように、と真顔で言われた。了解しました、と私は真顔で答えた。

 

 もちろん、ゴーストバスターの知り合いはいなかった。当初はうやむやにさせようと思ったが、誰もが会うたび、あの件はどうなった、と催促をしてくる。上司をはじめ、彼らがどれだけ本気で求めていたのかは分からない。真顔で冗談を言う人達だったのかもしれないし、冗談など一つも言わない人達だったのかもしれない。私は彼らのことがよく分かってなかったし、彼らも私のことがよく分かっていなかったのだろう。五分でも時間を作ることができれば、電話帳を探してすぐゴーストバスターを数ダース呼ぶことも出来たかもしれない。もちろん経費で。しかし大量の仕事が、その五分の余裕を許さなかった。

 

 仕方がないので、私は自分でゴーストバスターを演じることにした。ある朝、白装束を着た私は伏し目がちに出社し、黙って受付を突破、カードキーで呪いの部屋に入ると、そこで働いていた同僚を無視して奇声を上げ、踊った。激しい踊りだった。長いあいだ踊り続けたと思う。上司が私の肩に手を置くまで、ずいぶん長い時間に感じた。私はその足で上司の部屋に向かい、ペンを取り、その日限りで退職した。会社はその直後に労働基準法違反で告発され、おまけに不景気の波に揉まれ転がり落ちるように翌年倒産した。古くなったビルには、今では中堅のIT企業が入居している。あれから呪いが解けていればいいのだけれど。

 

2009/02/11 - 2009/05/12

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このページにある全ての記述は、特に明記のない限りフィクションです。また著者である小関悠が個人の立場で書いたもので、所属する組織などの立場や意見を示すものではありません。
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