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それがどうした

 数少ない友人であるところの山西が就職するので最後に送別会でもやろうと河原町今出川を少し上がったあたりの焼き鳥屋にいつもの面子が集まったのだが、肝心の山西が現れない。四人席に俺、その隣に鈴木、その向かいに田中が座り、俺の向かいである田中の隣は空のまま、既に小一時間ほど経っている。

 

「どこかで車にでも轢かれたんじゃないの」と田中は既に本日三度目となる台詞を同じように言っては笑うが、俺と鈴木は初めこそ笑ったものの今は正直笑う気になれない。「俺ちょっと電話してくるわ」と立ち上がる鈴木。焼き鳥屋は地下にあって携帯は圏外なので、こうして何故かいつも面倒な役目を進んで引き受ける鈴木が十分毎に立ち上がり階段を昇って店の外に出ては「留守番電話センターに繋がった」と言いながら程無く戻って来る。すると店員がだいたい頃合を見ていたかのように現れて「ご注文は?」と言う。

 

「どうする?」俺。「一応待っておこう」と鈴木。「あいつの日なんだから」はあ、と店員は声を洩らして戻る。このやりとりを既に五回以上繰り返している。こんなことならいつもの「ドラゴーン」にすれば良かった、と俺、心の中で既に十度以上呟いている。あそこには注文せずに本棚に並ぶ「俺の空」だけ読んで帰るような学生がうようよいる。

 

「あいつも卒業だな」と田中。場が沈黙した時の発話担当みたいなことをいつもやっている。こうした日には一人いると便利な男だ。「まあお前達も卒業って言えば卒業なんだろうが」そう言って田中は笑う。俺達四人は同級生だ。俺と鈴木と山西は今年卒業し、俺と鈴木は大学院に進む。一方の田中は留年生であり、おまけに来年の留年も既に決まっている。「小学校くらい大学が好きってことだ」と田中。鈴木に言わせれば「豪傑」ということになるらしいが、その語法が正しいのかどうかは俺には分からない。俺の後輩に丁寧語で喋りかける田中を見る限り「豪傑」にはほど遠いのだが。

 

「あいつは結局何になるんだ?」誰も喋らないので仕方無く、という感じで「豪傑」が続ける。「さあ」と俺。

 

 山西が突然「就職することにした」と言ったのは夏頃の話だ。おまけに「実は就職先ももう決まった」と。その頃俺と鈴木は院試勉強に勤しんでおり、山西も俺達と一緒に大学院を受験すると思われていた。

 

 何しろ俺鈴木田中山西の四人の所属する学科は一学年百人程度でありながら毎年八十人以上が大学院を受験するという傾向にあり、残りの二十人も就職よりは留年、就職よりは退学、就職よりは失踪・自殺の方が多いという始末。俺達四人の中で最も成績優秀で留年など当然のように回避し、しかも俺達四人の中で一番育ちも良く失踪や自殺など思春期に見る一時の迷いの中でしか考えたことないといった風情の山西、そこは当然大学院を受験し、毎年判を押したように成績優秀者が集う環境人間形成研つまり藤田研、通称「タケン」に進むのだろうと暗黙のうちに俺は理解していたのだ。田中もそう、鈴木もそうだと言っていた。

 

 そこに「就職することにした」と来た。「就職先ももう決まった」当然「何処?」と俺、図書館で鈴木と勉強をしていた所に不意に現れた山西の驚愕発言に思わず図書館内としては不適切なほどに大きな声を出してもの凄い勢いで問うてしまったのだが、そこは寡黙で自分のことはあまり喋りたがらず高校の時に意を決して好きな女の子に告白してみたら「何考えてるか分からないから嫌」と言われたという悲痛な経験のある山西、俺による高速の質問も「いや」と曖昧にかわし「またそのうち、時期が来たら言うよ」等々いつものように煮え切らない返事を返した。時期って何だ、と俺、心の中で。そうして半年、今。顔を見せたらまずそのことを聞いてやろうと思って一時間、まだ俺の向かいはからっぽのまま。

 

「自転車がパンクしたりしたもんで歩いて来たりしてるのかもしれんな」と田中。何故か先程より優しい想像で山西の現状を占う。「電話くらいしてくれてもいいのにな」と鈴木。「地下だろ?」と田中。「でもこっちからかけてるんだから」鈴木。「それもそうだ」田中。

 

 そしてまた沈黙。こちらを見ていた店員とガッチリ目が合うが、なんとなく無視してみせる。

「寂しくなるな」と田中。一秒後「ごめん、やっぱり今の無し」と言って謝る。

 

「なにしてるんだろうな」鈴木、田中の役目を引き継いで呟く。「なにしていくつもりなんだか」

「酒頼む?酒」田中が言う。「一杯だけ取り敢えず飮もう。さっきから店員の視線が痛いんだよ。ちくちくする。あいつが来たら、もう一度乾杯すればいいじゃん」

「そうだな」鈴木、観念したように。「じゃ、生で」

 

「いらっしゃいませ」という声が聞こえたのはその時だ。俺鈴木田中、反射的に入口の方を見る。階段から見馴れた男が下りて来る。

「いや、ごめんごめん」と山西、いつもの声で。「寝過ごした」言いながら、こちらの席に寄って来る。「眠くってさ」

「刺したい」田中が呟く。「同感」鈴木、小さく呟く。

 

 しかし当人にはそんな声など聞こえないようで「まだ飲んでないの?あ、じゃあモスコミュール」などと安穏と、ようやくこの時が来たといった表情の店員に注文をしている。

「山西?」と俺。「ずっと聞きたいことがあったんだけど」

「何?」

「就職、何処に決まったの?」

「ああ」山西は頷いた。「東芝」

 

2003/04/21

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この文章は小関悠が個人の立場で書いたもので、所属する組織などの立場や意見を示すものではありません。特に明記のない限り、この作品はフィクションです。

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