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高度スマイル人材

「おはようございます!」居酒屋の厨房に入ると、先に来ていたバイトが声をかけてきた。若い女性だが、知らない顔だ。

「おはようございます!」と僕も腹から声を出して答える。「新人さんですか!」

「はいそうです! 72番です!」

「僕は23番です! 72番さん、本日はよろしくお願いします!」

「23番さん、よろしくお願いします!」

 

 店では一事が万事こんなかんじだ。店長はまだ出勤前だが、天井のスマートカメラは24時間動作している。僕達の声、表情、動作を認識して、測定して、評価するのだ。

 僕は先月、75点だった。70点を割った人間は、最低賃金以下で働かせることができる。50点未満はいつでも解雇できる。そう法律で決まったのが、二年前のことだ。

 

 72番はてきぱきとエプロンを身に付ける。学生だろうか。名前を聞いてみたいが、それはもちろん個人情報違反である。アルバイト同士は名前を交換できない。アルバイト同士は職場以外で出会ってはいけない。店でも、街でも、スマートカメラは見ているのだ。

 

「23番さん、おつかれさまでした! 72番、退店します!」72番は言う。

「72番さん、おつかれさまでした!」僕は答える。閉店時間を過ぎて、掃除を済ませ、売上を確認していたらもう深夜の一時だ。

 店長は結局来なかった。彼女の家はどこなのだろう。歩いて帰られる範囲なら良いが、電車やバスはもうない時間である。「72番さん、もう遅いけど大丈夫ですか」

 一瞬、彼女は驚いた顔を見せる。仕事場で、初対面なのに、個人的な話に踏み込むなんて。

 しかし72番はすぐ笑顔に戻ると「ご心配いただき、ありがとうございます!」と言って、さっと店を後にする。天井を見上げると、スマートカメラが店で一人になった僕を追尾していた。

 

 72番とは、それからもバイトに行くたびに出会った。誰よりも早く出勤して、最後まで働く。シフトに入りまくっているのは、お金に困っているのか、買いたいものでもあるのか。

 月末には彼女のスコアが92点だと貼り出された。この居酒屋での過去最高点である。

「みんな、彼女を見習おうな」そう言う店長は62点だった。そろそろクビになってもおかしくない。雇われ店長で、誰よりも安い給料で働いている。店長は裁量労働制だから。

 

 しかし、72番は翌日バイトを無断欠勤した。その翌日にも来なかった。「弱ったな」と店長は言う。バイトをうまく管理できないと、店長のスコアは自動的に下がる。

 店内の監査のため、もうすぐ本部からドローンがやってくると噂されていた。だいたい誰かがクビになる前はドローンがやって来るのだ。

「23番さん、さ」閉店後、店長が小声で呼びかけてくる。

「どうしました」

「72番がどうしてるか、明日見て来てくれないかな。私は開店準備もあるし……」

 店長は手元で履歴書をめくりながら、バイトの個人情報を教えてようとしているのだ。これだけでオーナーから訴えられて、これまでの給料を取り上げられてもおかしくない。重大な違反だ。店長はもちろんそれを分かっている。でも自分のスコアを上向きにするには72番が必要なのだ。そして責任は僕に押し付けようとしている。開店準備なんて、いつもバイトがやるのに。

「分かりました、どこに行けばいいです?」それでも僕はそう答えた。法律のことなんてなにも知らないという顔で。

 

 教えられた住所にあったのは大病院だった。受付で72番の本名を告げると「ああ、2714番さんね」と言われた。自分は兄ということにした。

 72番、2714番は、四人部屋の隅にあるベッドで休んでいた。僕の顔を見て驚き、すぐにその意図を理解した。「わざわざすみません」と72番は小声で言った。

「元気にしてた?」と僕は間抜けなことを言った。

「急に休んでしまってごめんなさい。薬が切れてしまって。でもバイト代が入ったから、また働きます」

「薬というのは?」僕が尋ねると、72番はサイドテーブルから錠剤を取り出した。

「これを飲むと、どんな仕事でも元気に働けるようになるんです。問題はただ、バイト代より高いというだけで……」

 そう言って72番は僕の手の平に錠剤を置いた。小さな錠剤が、病院の光で輝いている。

「これ、いくらで買える?」

 

2018/06/18 - 2018/07/04

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この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。

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