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雨の香り、夜の匂い

 夜になるとさ、元気になるヤツっているじゃん。かく言う俺がそうなんだけどさ、朝眠そうで、夜になると目が冴えてくるヤツ。全然眠れなくなって、深夜にやってる通販の番組とかまで見て笑って、寝て起きて、また眠そうに朝を迎えるっていう。寝不足なんじゃない、って年中聞かれるんだよ。でも、爽やかな朝、とか言うけどさ、あぁいう事言うのって、仕事とか学校とかで苦労してないヤツに違いないよね。朝起きて、普通に考えるのは、今日も仕事か、とか、今日も学校か、とか。そういうのが爽やかな朝、なのか。どう思う。俺はさ、ヤる事ヤっちゃって、もういつでも寝る事が出来るって状態で、お気に入りの曲をかけながらホットミルクを飲んで、読みかけの本を読み切ってしまう、こういうのが、爽やか、って言うんじゃないのかな、と思ってるんだよ。爽やかな夜。

 

 小さい頃さ、野球を習ってたんだ。少年野球。運動がまるっきりダメだったから、父親が無理矢理に。でさ、始めは結構それなりに頑張ってたんだけど、やっぱりダメなんだよ。エラーしてもコーチとかチームメイトとかみんな励ましてくれるんだけどさ、その時の眼がみんな本当に冷たくて。練習試合でもさ、始めは途中出場だったのがさ、そのうち最後の回だけの出番になって、いつしか出番も無くなってたんだ。特にチームが負けてたりするとさ、控えのメンバーなんか忘れたみたいにみんな試合を進めていく。そういう雰囲気の中に自分が座らせられている事が嫌で、練習をサボる様になったんだ。行ってきまーす、とか言ってさ、グラウンドじゃなくて友達の家に。もちろんすぐにバレて父親に散々怒られた。そうすると次からはさ、練習そのものが無くならないかな、と思う様になった。練習は学校借りてやるからさ、雨だと中止になるんだよ。野球の日、基本的に土曜日、になると雨が降らないかなって。それからかな、とにかく雨が降ると嬉しいんだ。雨雨降れ降れもっと降れ~、ってね。~そして世界を埋め尽くせ~、とか何とか。

 

 昔は夜がもっと暗かった。もちろん俺は知らないけどさ。雨だって、もっと脅威だった。洪水で何千人と死んだ事もあったのに、最近そんな話は全然聞かない。テクノロジーの進歩、って言うヤツか、良く分からないけど、夜も雨も人間の力の前に、全然その力を感じなくなった。いつも明るく、爽やかに、って。でもさ、それでもまだ夜はやって来るんだ。毎晩毎晩。雨だってまだ降ってる。降らなきゃ死ぬ。そんな事はみんな知ってる。でも、みんな分かってない。

 

 あ、雨が降るな、って思う時がある。雨の香りがするんだ。風呂場の香りみたいなのじゃなくて、もっと純粋な、空と雨の香り。前、この話を友人にしたら、そんなの分からない、とか言ってやがった。バカじゃないか、アイツ。夜の匂いだってそうだ。空気が張り詰めた匂い。深夜番組見るのもやめて、音楽も切ると、フと夜の匂いに気がつくんだ。朝みたいなボケた匂いとはまるで違う。雨の香り、夜の匂い。俺が一番爽やかでいられる時間は、気付かないヤツらには一生、気付かないままで終わる。愉快にならないか?そう、とりあえずあんたには教えてやろうと思ったのさ。

 

1998/04/19

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この文章は小関悠が個人の立場で書いたもので、所属する組織などの立場や意見を示すものではありません。特に明記のない限り、この作品はフィクションです。

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