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電球

 時々、生きている事が嫌になる。でも、時々だ。毎日って訳じゃない。

 

 その日も、そういう日だった。別にこれといって原因がある訳でもない。ただ、月に一度ぐらいの割合で、それがやってくる。何を見ても嫌な連想ばかりする。生きている意味なんてあるのか、なんて考える。かといって、じゃあ死にます、って言うほど素直でもバカでも無い。そして、何年もそういう自分と付き合っていると、そんな自分をどうやって護摩化すか、だいたい分かって来る。普段食べない様な高いアイスクリームを買ってみたり、突然のカラオケの誘いに乗ってみたり。その程度のものだ。そして一人でアイスクリームを食べた後、カラオケから出て他のみんなと別れた後、自分を見つめ直す。何やってるんだろう、自分は。コレで十分だ。来月まで生きて行ける。

 

 バイトの帰り道、今回はどうしようかと考えながら駅前の商店街を歩いていた。ゲーセンでも行こうか。小銭だけは何故か沢山、ジーンズのポケットに入っていた。久しぶりにゾンビでも撃って。ただ、以前に一度、コレで失敗した事があった。高校生の時、委員会活動の割当てとか何とかで、隣に座っていた男と何故か殴り合いになった。そいつは俺の腹を殴ったが、俺はそいつの鼻を殴った。違いはそれだけだったが、後々まで教師や同級生から色々と言われたのは断然、俺の方だった。その日、俺は担任から延々何か説教された後、そのままゲーセンに行って、持ち金全てガンシューに注ぎ込んだ。ひたすらトリガーを引いていた。何故か涙が出てきて、それに気づいたか、俺とガンシューの筐体の周りには山の様なギャラリーが出来た。そのうち、ギャラリーの中から、その日殴った男に良く似たやつが出てきて、いい加減代われよ、と言ってきた。無視してトリガーを引き続けていると、そいつの声はどんどん大きくなってきた。ついに、持ち金が全て無くなると、そいつは笑って、遅いよ、と言った。俺はそいつを殴った。

 

 殴り合いは疲れる、だからあんなゲームがあるんじゃないの?彼女が以前、そう言った。なるほど、確かにそうかもね。それ以来、殴り合いもガンシューもしていなかった。単純だから。彼女はそう言った。

 

 商店街の外れに、その店はあった。見た事の無い店だった。この道はよく通る、少なくとも先週の末には無かった。その前はここに何があったんだったろう。店には小さなショーウィンドウにキース・ヘリングの絵がかけてあった。中はよく見えない。きっちり閉じたドアには「営業中」とかけてあって、例えば店の名前を示す様な看板はどこにも見当たらなかった。普段なら素通りしていく所だろうが、今日は少し特別だった。今回は、ここなのかもしれない。そう考えると、俺はドアを開けた。

 

 中は意外と明るかった。「あー、いらっしゃい。」中には、マンガだと「小さなカフェのマスター」以外の役が無さそうな感じの男性が椅子に座っていた。「まだ開いてないんだよね、実は。でも何か見て行く?」どういうリアクションをすればいいんだか、まるで分からなかった。えぇと「ここは…、前、何がありましたっけ?」「ん、あぁ、ビデオ屋。レンタルビデオのチェーンがあったよ。」そうだった、確かにビデオ屋があった。友人がそこでアダルトビデオを借りようとしたら、バイトの店員が同級生の女の子だった、という話を聞いた事がある。あのビデオ屋だ。俺も会員になって、一度だけ何か借りた記憶もある。あれは確か。「最近の若い人達はさ、映画は見たりするの?」そのマスターは側の棚からに何か手にとると、こちらを向いて言った。「時々。そんなには見ないです。」「そう。じゃあ『スモーク』って映画見た事ある?煙草屋の話なんだけどさ。」「知らないです。」マスターは手に取ったものを磨き始めた。「あれはいい映画だよ。いや、あんまり映画は詳しくないんだけどさ、この前テレビを見てたらたまたまやってて。主人公は煙草屋のオヤジなんだけど、そいつは毎朝欠かさず、外の風景を写真に撮るのね。それで。」「それで?」「なんかさ、そういうのいいな、と思ってこの店を始めた訳。」

 

 俺は店の中を見回した。壁には小さな絵や写真が幾つか飾ってあって、ほとんどは誰の作品なのかよく分からない。一つだけやたら大きなポスターはオードリー・ヘップバーンで、さっきマスターが手を伸ばした棚にはフラスコやら本やら何やらがゴチャゴチャ並んでいた。「じゃあ、『バードケージ』って映画は知ってる?あれも面白かったんだけど。」俺は店の真ん中に置かれた木の机の上にある、木の人形を手に取って、マスターの方を向いた。「あの。」「ん?」「ここは、何屋?」マスターは笑った。「雑貨屋。ホラ、雑貨ばっかりだから。映画の通りだと煙草屋なんだろうけど、実は煙草苦手なんだよね。それでテキトウに揃えてさ。こういうの、セレクトショップって言うらしいんだけど、知ってる?」俺はその質問には答えなかった。「それからさ、言ってた写真なんだけど、朝は苦手だから夜撮る事にしてるんだよね。って言っても今週初めた所なんだけど。どう、一緒に撮る?」「いや、いいです。」俺は丁寧に断った。「そう。」マスターはそのまま木の机の上にカメラをセットして、セルフタイマーで自分を撮った。

 

「すいませんけど。」「ん?」俺は何故か言った。「嫌な事があった時に効く様なモノは無いんですか?なにか。」マスターは座ったまま椅子をクルクル回転させて、棚と机にあるものを見た。「彼女はいる?」「いますけど。」「仲いい?」「最近は。」そう。マスターは小さくうなずいて、棚の中段にあったモノを取り出した。電球だった。「家に帰ったらさ、彼女を家に呼んで。それから、彼女が来る前に部屋の電球をコレに替えて…、あ、家の電球のカタチはこれで合ってるかな?」「たぶん。」「うん、じゃあコレでいいと思うよ。」俺はその電球を手に取った。ただの電球をそのまま渡されるのは、なんだか妙な気分だった。「幾らですか?」「750円。」そこにはない値段票が空中に浮いてある様な仕草で、そう言った。正直言って、それが高いのか安いのか、全くピンと来なかった。ガンシューなら7回出来る。「じゃ、買います。」「まいどあり。」

 

 突然の電話に不審そうな声だったものの、彼女はすぐに家に来た。電球もピッタリのサイズだった。「突然でビックリしたけど。」彼女は言った。「こういうのもいいかもね。たまには。」たまには、を強調した。「たまには。」俺も繰り返した。一月に一度ぐらい。

 

 最近彼女のバイトで起きた話を聞いていた時に、彼女は突然話をやめて、言った。「ねぇ、なんか電灯暗くない?新しいのに替えたら?」そう言われて上を見た。確かにいつもより暗い様な気がする。「それでさっきの話なんだけど…、なんかさ、だんだん暗くなんてない、この部屋。」「俺も今、そう思った。」さっき替えたばかりの電球は、徐々に徐々に暗くなっている。彼女はこっちを向いて笑った。「これってさ、ひょっとしてそういう趣向?」そう言ってる間にも、部屋はどんどん暗くなっている。俺も笑った。「分からない。さっき買ったんだ。いや、でもそういう趣向なんだろうな。」ついに部屋は真っ暗になって、俺は彼女にキスをした。

 

1998/08/16

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このページにある全ての記述は、特に明記のない限りフィクションです。また著者である小関悠が個人の立場で書いたもので、所属する組織などの立場や意見を示すものではありません。
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