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瞼の裏

全部これが夢だって事ぐらいは僕だって気付いてるけど、それでも僕は手を離せないでいるのは、ひょっとしたらむこうの方が夢だったんじゃないかって、どこかで信じたがっている僕がいるからだ。目覚めたその瞬間に失われた手の温もりは、夢の外では形容する事が出来なくて、何よりそのもどかしさに苛立つ。そこには空気が存在して、言葉では伝わらない何かがそのまま敏感に届くから、目を閉じればそのまま眠ってしまいそうな甘い夢の中なのに、全ての感覚が張り詰めたまま、心臓の鼓動までも指先に伝わってきて、小さなグラスの中の氷がゆるやかに溶けていく様に、体という認識が頭から消えていく。瞼の裏に浮かぶ夢は、例えば逃避なんかじゃなくて、それがそこにあったという記憶そのものだから、その夢はキスの跡と一緒で決して消える事無く、ただ続きを待って、夢はまた繰り返される。

 

1998/09/13

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この文章は小関悠が個人の立場で書いたもので、所属する組織などの立場や意見を示すものではありません。特に明記のない限り、この作品はフィクションです。

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