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普通の男

結婚適齢期というのは今ではすっかり聞かなくなったが、私が普通の男と出会ったのはそんな年頃だった。私の大学時代の友人が、普通の合コンをしてみたいと言い、普通のイタリアンレストランに集った連中の一人がその男で、もう一人が私であった。どうということのない普通の会社で働く、普通のサラリーマンで、私と同じ年。来週、普通にまた会ってみますかと言われ、普通にメールアドレスを交換した。名前と誕生日を組み合わせた、普通のメールアドレスだったが、それは私も同じだった。

 

私達は映画館で普通のデートを開始し、普通のイタリアンよりは少し高級な普通のフレンチでディナーを楽しんだ。気の効いたことが出来るわけでもなく、特別おもしろいことを言うわけでもなかったが、普通に優しい男であった。私達は普通に繰り返し出会うようになり、一年半後、普通に結婚をした。両家の親族だけで普通の結婚式を型通りに行い、後日、友人達を招いて、派手すぎもしない、地味すぎでもない、普通の結婚パーティを開いた。

 

私は普通に仕事を続けたが、二年後に特別な長男が産まれた。彼は普通に喜んだが、そのころ私の友人と浮気をしていたのを、私は普通に知っていた。私は黙っているつもりだったが、ある日、おそらく女と会ったであろう後に、彼が泥酔して帰ってくると、私は自分でも覚えがないほど激昂し、彼を責めた。彼はぎょっとして私を見ていたが、男だから普通に浮気だってするよ、というようなことを言って、その日から彼は家には帰って来なくなった。

 

私はまた普通に働くようになり、子供は普通の保育園に通いはじめた。半年ほどすると、彼は普通の顔をして家に戻って来て、俺が間違ってたよ、というようなことを言って、普通の生活に戻ろうとした。私はもとのような関係には戻れないと思ったが、すこし年月を重ねた夫婦の距離がこうして離れていくのは、普通のことかもしれないとも考えた。そうして、そういう生活が私達の普通になった。子供が普通に、すくすくと育っていくことだけが楽しみであった。

 

ほどなく彼が急な病で倒れ、私は仕事と育児、それから看病に忙殺されることになった。彼は自分の死期を悟ったのか、出会ったころのような、普通に優しい態度を取り戻し、最期には、お前と会えて良かったよ、というようなことを言って死んだ。私は彼の手を握りながら、私は普通に自分の手でお前を殺したかったけどな、と思った。

 

それから少し時間も経ち、再婚はしないのと、友人から普通に聞かれるようになったが、私はただ、普通の男はもう勘弁と答えるだけだった。

 

2019/10/23 - 2019/10/25

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この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。

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