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私のマスク

 物心つく前からいつもマスクをしていた。母がそうしろと言ったからだ。もちろん母もいつだってそうしていた。マスクを外すのは、食事をするときとお風呂に入るときくらいで、そんなときでさえ母はためらいがちに外しては、用を済ませるとすぐに顔にマスクを戻した。

 

 母の用意するマスクは必ず純白だった。母は毎晩お風呂に入るときにマスクを捨てた。一日を共にしたマスクは、けがれたマスクでもあり、母は捨てたマスクには一瞥もしなかった。かわりにお風呂を出ると新しいマスクを物置から取り出し、マスクを着けたまま寝た。

 

 物置の一角にはいつもマスクの山があったが、毎日使っても減る様子はなく、かといって母や父が定期的に補充している様子でもなかった。

 

 一方の父は、どんな時もマスクなど身につけようとしなかった。それは父が特別で、マスクを不要とする理由があるのだろうと子供心ながらに考えた。たとえば、男はウイルスに強いとか。それが何のウイルスであるのかは分からなかったが。

 

 そういうわけで、私は母のように家の中でもマスクを着け、風呂に入ると捨て、新しいマスクを着けて眠った。

 

 そんな生活が普通でないと知ったのは、ある日、珍しく酔っぱらった父が、家の中くらいマスクを外したらどうだと、珍しく強い口調で母に言ったからだった。

 

 私は十歳になるかどうかという年頃で、学校に通うことで世間を知りつつあり、毎日おろしたてのマスクを着用しているのはクラスで自分だけだとは理解していた。だからといって、家の中のルールが変わるとも、変えるべきだとも思っていなかった。つまり、他人がどうであろうと、母は四六時中マスクをするものだと考えており、私もそこに疑問を抱こうとしなかった。

 

 しかし父は、そこに今更ながらの疑問を投げつけた。詰問された母は、その話はもう散々したじゃないですか、とマスクの内側から、いつもどおり小さな、しかしはっきりとした口調で言った。私は二人の会話から逃れて、自分の部屋で勉強をすることにしたので、そのあと二人がどのような会話を交わしたのかは分からない。

 

 後に母は、昔なんとかという、今では誰も名前を覚えていない感染症でたいへんな恐怖を覚えたことを教えてくれた。その時の記憶のせいで、今も文字通り、片時もマスクを手放さなくなったのだと。その感染症が流行ったころ、母はまだ幼ない年頃だったが、あるいはだからこそ、その騒ぎをよく覚えていて、それが人体にどれほど恐しい影響を及ぼすか、一方でマスク一つでどれだけ簡単に予防できるかを、今でもしっかり記憶していると、母は言った。

 

 もちろん、今そのような感染症は流行っていない。しかし流行っていると気付いたときに、マスクをはじめても遅いかもしれないのだ。毎日マスクを着けて予防できるのであれば、そうすればいいではないか。それが母の主張であった。

 

 思い返せば、母のそのような告白を聞いたのは、そのときの一度きりであったし、それは私が尋ねたわけではなく、何気ないやりとりの中で、唐突に語られた話であった。おかげで私は、感染症の名前さえ覚えておくことができなかったし、いま改めて考えていれば、母が本当にあったことを話しているのかさえもあやふやであった。

 

 明確な事実として残っているのは、両親によるささやかな口論からほどなく、二人は離婚したということだ。それから私は母と共に過ごしはじめた。

 

 母子家庭ではあったが、生活に不便はなかった。母は仕事を始め、日中のあいだ家を空けるようになったが、私はほどなく一通りの家事を覚えたし、母も短い時間で家の仕事をてきぱきと片付けた。

 

 父はよく、仕事に疲れて帰ってくると、狭い部屋で大の字になり、時にはそのまま眠ってしまい、翌日が土曜だったりすると昼まで起きないこともあったが、家からそうした非効率性が消えたおかげで、母と私は黙々と料理、洗濯、買い出し、掃除など、声ひとつ出さずに済ませることができた。私も母に似て、話すときは極端な小声だったし、そもそも話すような機会はほとんどなかった。

 

 母が当時、なんの仕事をしていたのかは分からない。どれだけの苦労を重ねたのか、重ねなかったのか、どれだけ家が恵まれていたのか、あるいは困窮を子供に気付かれないようにしていたのか。マスクに覆われた母の顔色を読むことはいつだって不可能だった。

 

 思春期になるころ、私は母の細い鼻筋と厚めの唇、その存在感、あるいはその存在感をマスクで意図的に隠す意味について、ようやく理解しはじめた。

 

 たとえば、私達がたまに外食をして、母が人前で渋々マスクを外すと、周囲の大人たちがその隠されていた存在に気付いて浮き足立つことを、私は知った。男達や、時に女達が、私の目の前で母を誘惑しようとすることも、一度や二度ではなかった。そうすると母はいつも小声で「すみません」と言って、マスクを着けると、私の手を引いて、逃げるように消えるのだ。

 

 他方、私は「白マスクの女」として、中高では同級生や、時に教師からも、冷たく扱われる存在であった。深刻ないじめに遭わなかったのは、皮肉なことにマスクのおかげで、いわく私はすでに原因不明の病気にかかっていて、不用意に近付いた者にも感染が広がると信じられていたからだろう。いや、そんな噂話は実際のところ誰も信じていなかっただろうが、ただ念のため、みんな近寄ろうとしなかったのかもしれない。

 

 だから私は今さらマスクを外そうともしなかったし、そういう待遇を受けることに、どこか満足さえしていた。

 

 そのころ私が密かに期待していたのは、マスクに隠されているうちに私の顔が成長して、母の美貌に近付くことであった。しかし十代の終わりが近付くにつれ、マスクを外して鏡で自分の顔を見て気付くのは、そこに母の影響はないということだった。であれば、これは父の遺産なのか。離婚以来きっぱりと縁の切れた父は、いまやその姿や形が徐々に記憶から失われつつあり、ある時から父のことを思い出すと、自然とマスクをしていない私自身の顔が浮かぶようになった。家の中くらいマスクを外したらどうだと、母を詰問する私の顔。

 

 大学に入り、一人暮らしをはじめた。母からは十分な仕送りを受けたが、その出所が母の仕事であったのか、なぜ女手一人が十分に稼ぐことができるのか、それともなけなしの資産に借金を重ねて仕送りを続けているのか、疑問は尽きなかった。状況証拠を重ねるに、母は売春婦に違いないと思うこともあったが、どれだけの美貌をもってしても、四十半ばの母にそれほど安定的な経済的価値があるとも思えなかった。

 

 そして私は母の下を離れても、マスクを外せずにいた。父の顔に向き合うことも、それを世間に披露することもできなかった。一人暮らしの狭いワンルームのクローゼットにはいつも箱に詰め込まれた純白のマスクがあり、私はそれを定期的に補充した。

 

 大学には、中高よりもはるかに多様な人達がいた。金髪、茶髪、尻のあたりまで髪を伸ばした男もいれば、坊主の女もいた。山のようにピアスをつけた女も、山の形をした大きなピアスをいつもつける男も。いつも半裸で講義に出る男は、どこか有名企業の跡取りで、夏場でもコートを脱ごうとしない女と付き合っていると聞いた。そんな中、私はただ白いマスクを着けているだけの女で、誰もそのことを気に止めようとしなかった。

 

 そういう環境下で、私ははじめて他人と人並に付き合うようになった。講義の情報を共有したり、学食で相席になったり、本や映画などについて他愛のない会話をすることさえあった。私と付き合いたいという男が現れ、私は男が望むようにした。どんな時もマスクは取らないでくれというのが、彼の要望であった。優しい、気の効く男であったが、マスクの下に隠れた私の醜さと向き合いたくないのか、ただのマスク愛好家であるのかは、しばらく判別がつかなかった。

 

 一年くらいその男と同棲のような生活を続けたが、バイト帰りで遅くなったある夜、木屋町のあたりを歩いていたら、男が花柄のマスクの女と手を繋いで見つめあっているところを目撃したので、どうやらただのマスク愛好家らしいと気付いた。

 

 無事に大学を卒業すると、私は製薬会社に就職し、製薬の仕事をはじめた。日中は職場で仕事用のマスクをして、職場を出ると自分のマスクをつけた。マスク愛好家の男とは結婚をした。少なくとも、この男なら、家の中でもマスクをつける私に、とやかく言ってくることはない。

 

 ある日、気分が悪くなって病院に行くと、妊娠だと告げられた。「男の子でしょうな」と医者は事務的に言った。子供用マスクの準備をしないと行けないな、と思った。そしてある日、子供に初めてマスクを着けるとき、私は言うのだ。昔なんとかという、今では誰も名前を覚えていない感染症があって……。

 

2020/05/28 - 2020/06/17

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この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。

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