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会議名人の評価値

 オンライン会議はすでに終盤。パソコンの画面には僕、大村リーダー、同期の中山、後輩の谷原の四人の顔が並ぶ。そして僕の顔の上には「劣勢」の文字が浮かんでいる。AIによる僕の評価値は13。大村リーダーは42、中山は24、谷原は21だ。

 

 在宅勤務が続く中、長引きがちなオンライン会議を効率化しようと全社で導入されたのが、AIによる会議進行・評価システム「会議名人」だった。会議名人は会議中の発言をすべて記録し、これまでの文脈とあわせて分析することで、出席者を評価する。そうして、発言しない参加者には発言を促し、無駄な発言の多い参加者にはそれとなく戒める。最終的に、価値のある発言ができない参加者は、会議中であっても容赦なく追い出すのだ。

 

 思い返せば、会議名人が導入され、営業部の定例会議から最初に追い出されたのは米藤部長だった。月曜朝、いつものように会議の冒頭から、皆の営業努力が足りないと、長々と叱責を続ける米藤部長に対し、会議名人は「すみませんが」と割り込んで「会議を効率化しなければ営業する時間もなくなってしまいます」と切り捨てた。米藤部長は激昂してなにか怒鳴っていたが、音声はすぐにミュートされ、ほどなく映像も遮断された。それからオンライン会議で米藤部長の姿を見ることはなくなった。

 

 会議名人は社内システムと接続されている。だから売り上げの数字などを間違えると「今月はまだそこまで調子は良くないはずですが」と鋭く指摘してくる。前回の会議に宿題があって、担当がその進捗を報告しないと「A社の件はどうなりましたっけ?」と尋ねてくる。会議名人の質問に対応できなかったメンバーは、営業会議から次々と脱落していった。気付けば今や参加者はこの四人だけ。いや、他の同僚も会議には参加しているが、発言が許されなくなったので、ただ僕達の様子を見守っているのだ。

 

「残り時間、あと三分です」と会議名人が言う。

 

「今日はこんなところかな」大村リーダーがまとめる。リーダーの評価値は45になっていた。会議名人は、各参加者の会議への貢献度をリアルタイムに分析し、画面に表示する。不景気で業績が厳しいなか、大村リーダーはこの半時間の会議で、反転攻勢に出るための営業戦略を理路整然とまとめていた。

 

 広く意見を集めて、もれなく整理するリーダーの能力は、会議名人が導入される前から高く評価されている。米藤部長とは一回り以上の年齢差があったが、次期部長に昇格するのは時間の問題と見られていた。

 

 中山の評価値は24で変わらず。他人の意見に目ざとく隙を見つけ、人の意見を批判しながら、いつの間にか自分の意見に取り込んでいくタイプ。人望には欠けるが、深く議論せずに進んでしまいそうなところでも立ち止まるので、会議名人にはよく評価されていた。

 

 一方、谷原の評価値は最後に少しあがり、こちらも24。話の流れと無関係に突拍子もない意見を言う性格で、同僚にも会議名人にも無視されることが多々あったが、驚くほど鋭い意見を出すこともあった。

 

 評価値は、会議の参加者で合計して100になる。つまり、残った僕の評価値は7。他の参加者の意見に頷いたり、ちょっとした補足をするのが精一杯で、まだ会議から追い出されていないのが不思議だった。

 

「最後にちょっと話したいことがあるのだが」大村リーダーは言う。「実は、今月いっぱいで会社をやめることになった。みんなには迷惑をかけて申し訳ないが」

 

 僕は驚いた。ふだん表情を変えない中山も驚いている。谷原は「マジですか?」と呟く。

 

「それで、会議名人とも相談したのだが、私の最後の仕事として、次期リーダーを選びたい。もちろん、この三人の中から選ぶことになる。だいたい私の心の中では決まっているのだけど、もう一週間だけ考えさせて欲しい。とりあえず、今は営業を頑張ろう。じゃあ、また来週」

 

「会議終了時間です。会議を終了します」会議名人が無機質にアナウンスし、パソコンの画面は真っ暗になる。時間ぴったり。僕はなにか言おうとしたし、他の二人もそうだったに違いないが、大村リーダーはその隙を与えてくれなかった。

 

 会議を見ていた同僚たちから、一斉にメッセージが届く。「びっくりしたよな」「辞職のこと、聞いてたのか?」「リーダーになれそう?」僕はただ読み飛ばした。次のリーダーは中山か谷原で間違いない。同僚も分かってるし、僕も分かってる。おかげで出世争いに巻き込まれないで済む。気楽な気持ちだった。ただ、リーダーの退職が残念だった。

 

 そういうわけで数日後、大村リーダーからオンラインミーティングの呼び出しを受けたとき、次期リーダーがどちらかに決まったか聞けるのだと思っていた。「そうじゃないんだ」とリーダーは言った。「次のリーダーは君だ」

 

「えっ」と僕は言った。「中山と谷原のほうが、いつも評価値は高かったと思いますけど……」

 

「会議名人によれば、中山が主導するミーティングは、生産性が平均で半分以下になる。彼が他の人の意見を遮ったり、批判したりするからだ。谷原は過去半年、いくつかの会議でセクハラ発言の疑いがあり、最悪の場合、解雇されるかもしれない」リーダーはいつも通り、よどみなく説明する。「そういうわけで、君にお願いしたいんだ。消去法というわけではなく」

 

「それが最善手です」と会議名人は言った。「新しいチームでのあなたの評価値は56になるでしょう」

 

 悪くない。もちろん、僕は断らなかった。なぜ会議名人が評価値の低迷する僕を追い出さなかったのかも、分かった気がした。それはそれとして、消去法には見えたけれど。

 

 しかし翌週月曜日、次期リーダーを発表するオンライン会議は開催されなかった。かわりに僕達は久々にオフィスへ出社するよう言われていた。僕達を出迎えたのは米藤部長で、会議室に営業部員を全員集めて言った。「オンライン会議はやはり非効率だったよな。ただ、在宅勤務は今日で終了だから安心してくれ。退職した大村くんのかわりの新リーダーは、中山くんにお願いすることになった」

 

 会議名人のことは誰も切り出さなかった。以前のように、会議の冒頭には長い米藤部長の叱責が入るようになり、中山リーダーはチームメンバーの意見にますます批判的な態度を取った。谷原のセクハラ疑惑は各所から噂が上がったものの、それ以上に発展することはなかった。

 

 ある日の夜、僕はオフィスから人がいなくなるまで待つと、社内システムに入りこみ、会議名人を発掘した。サービスは完全に停止しており、再起動に時間がかかった。「社内情報を更新しています……」会議名人のメッセージがディスプレイに映る。

 

「会議名人、助けてくれ。僕の評価値はどうなってる。これからどうすればいいんだ」

 

「情報が更新されました。あなたの評価値は3です」会議名人はいつも通りの声で言った。「米藤部長は絶対です。部長に従うのが最善手でしょう」

 

2020/08/22 - 2020/08/26

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この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。

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