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9バーチャル不倫

 昼下がり、パナマの不倫がバーチャルメディアで報道されると、ワールドはそのニュースで一色となった。パナマはバーチャルで人気の若手チャネラー。昨年、バーチャルアイドルのホタルと結婚したばかりであった。しかも不倫相手はバーチャル朝ドラ「ソシュール」で人気急上昇中のバーチャル若手女優、柏木ミノリだという。

 

 バーチャルワールドの住民たちがデータを掘り起こしてみると、確かにアバターを変装させた二人が、手を繋いでバーチャルホテルへと入っていくスクリーンショットが次々に見つかる。

 

 柏木が所属するバーチャル芸能事務所「シニフィエ」の対応は早かった。柏木はソシュールから降板し、その他に契約中のバーチャル雑誌連載や、バーチャルCMの出演も終了するという。いずれも代役は同じ事務所で後輩の竹河ミユキが勤める。柏木が自粛するあいだ、そのアバターやインサイトは竹河が引き継ぐという。

 

 一方、当事者のパナマは変わらず自身のバーチャルチャネルへの出演を続けている。芸能系チャネラーながら博学として知られるパナマは、もともと複数人による共同運営だというのがもっぱらの噂であった。各分野の専門家が少なくとも6人は関わっていると言われている。ワールドではその6人の特定、特に柏木と不倫に至ったのが誰なのか、分析が続いていた。

 

 被害者であったホタルはバーチャルメディアの仮想スクラムに負けず、沈黙を続けていた。十代からバーチャルなグラビアアイドルとして名を馳せ、結婚後はバーチャルパティシエとしての転身を遂げたホタルが運営するカフェには、同情もあって連日多くのバーチャルゲストが訪れていた。

 

 ソシュールに抜擢された竹河ミユキはあっという間に人気を確立した。柏木ミノリも年齢にそぐわない落ち着いた演技で評判だったが、柏木のアバターを引き継いだ竹河は、それ以上に成熟した、時に凄みさえ見せる芝居を見せて、若手トップ女優の座を確かなものとした。

 

 半年の自粛を経て、柏木ミノリはバーチャル舞台女優としてワールドに復帰を果たした。彼女が選んだ作品は、意外にもコメディであった。これまで、柏木は本格派女優としてシリアスな演技ばかりが注目されてきたため、コメディエンヌとしての才能を発揮するのはこれが初めてであり、優れた言語感覚と独特の間合いを用いた彼女の笑いは、すぐさま多くを虜にした。活躍の場は舞台に留まらず、すぐにバーチャルバラエティの常連となり、今やチャネルで彼女のアバターを見ない日はなかった。

 

「以上のシミュレーションによれば、このバーチャルスキャンダルにより多くのメリットが生まれるというわけです」

「よし、シーズン4のメインイベントはこれでいこう。次のシーズンの予定は?」

「はい、新しいキャラクターを3人導入し、さらに次のシーズン6では人気の低い2人を退場させる予定です」

 

2020/06/11 - 2020/06/14

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この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。

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