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おおげさ

 どんなこともおおげさに語る男が、私の友人にいた。

 

 世の中には、物事をおおげさに語ると、縁日の風船のように見かけばかり大きくなって余計にみすぼらしい中身が目立ってしまう人間と、いつまでも続く悪い夢のようにどこを取り上げても具体的で精緻になる人間がいる。彼は後者で、それどころか私の知る限り、誰よりもうまくおおげさに語る天才だった。日常にあふれる些細な出来事を、さも大きな物語の一部であるかのように再構成し、あることないこと枝葉を付け加え、他人の逸話を自分のものに剽窃したかと思えば、自分の過去を他人事のように紹介して、いずれにせよその場にいなかったはずの登場人物を巻き込み、因果関係を反転させながら偶然と予兆をすり変える。そのように彼が得意技を繰り出せば、いつもいつの間にか、話はゆうに百倍や千倍おおげさに仕立てあげられた。

 生み出された物語の中には荒唐無稽なものも少なくなかったが、また彼はそのおおげさな話をまるで見て来たようにうまく語るので、彼のことをよく知らないうちは誰もがすっかり信じこんでしまうはめになった。彼自身の、いかにも実直そうな風采や、柔らかで淀みない語り口、若さの中にある控え目な落ち着きと隠れ見える自信、それらすべてが彼のおおげさな物語の味方をした。

 いつだって平然と物事をおおげさに作り替えるので、さきほど話し終えたばかりの出来事をその場でさらに一回り話を大きくして喋りはじめたり、皆で見てきたことを一緒にいたはずの仲間に向かって派手に語ったりすることさえあった。彼を通じれば、彼自身が過去に語ったこともふくめ、すべてがおおげさになるため、結果として彼はひとつとして同じ物語を語ることはなかった。

 

 彼とは大学のときに知り合った。同じ年に同じ大学に入学し、同じ大学寮に住みはじめ、同じ二人部屋で四年間、ずっと彼と生活を供にした。

 彼の物語を、聞く人を混乱させる一種の凶器と見なすならば、その一番の被害者は私ということになるだろう。

 もっとも、出会った当初はそんなふうには思っていなかった。彼は高校時代から使い古していたに違いないみすぼらしいジャージを着て、大きなリュックサックだけを持って部屋に現れた。私のほうが数日ばかり先に入寮していたのだ。それで、自己紹介がわりに彼がはじめた話は、自分が京都でも有数の資産家の一人息子でありながら、一般の学生の生活を体験するためにあらゆる贅沢を断ち切ってこの部屋を訪れた、いつだって家に帰ることはできるけれど、リュックサックひとつ持って来たのは不退転の覚悟のあらわれであるという内容だった。そう言って広げるリュックサッキの中には本と肌着だけが詰めてあった。それからも彼は話し続け、話が終わるころには、父親は有力な政治家でもあり、母親は京都を代表する名家の跡取りということになっていた。

 私はそんなに驚かなかった。はじめ、彼はちょっとした病気なのだろうと思ったし、彼の終わりなき物語が続いても、彼は大した病気なのだとしか思わなかった。なにしろ私のいた寮は奇人変人の巣窟で、大学に入ってこのかた十年以上を麻雀だけに費やしながら未だに負け知らずという小男や、ベランダの片隅で菜園をはじめたところ毎年のように植物は拡大を続け今では収穫できない野菜や果実はない部屋で暮らすまだ見た目は若い女、一週間起き続けて単位とは無関係な講義に顔を出したあと玄関横のソファで三日眠り続ける馬のような風貌の男などが、好き勝手に自分たちの世界を作り上げていた。

 もしかすると彼も、このような男女たちの物語に触発をうけ、自らの才能を磨いていったのかもしれない。

 

 奇妙な話だが、彼のことを真面目に考えるようになったのは、彼からの相談がきっかけだった。いや、それは相談とは言えなかったかもしれない。

 大学一年の夏頃だったと思う。私の人生でも振り返っても一番厳しい夏で、クーラーのない寮はジャングルのように蒸し暑く、寮生たちは力をなくした動物のように不満をあげる気力さえなく秋の訪れを願いながら寝て起きるを繰り返していた。そんな中で彼だけは、相変わらず平然とした態度を続けながら、ただ知り合った女からつけまわされて困るという話をするようになった。もちろん私は、ただでさえ暑苦しい中、うっかり彼の語りに火をつけぬよう彼とは目を合わせず、ただ耳に入ってくる言葉を話半分に聞いていたが、いつもなら手を変え品を変えあらゆる出来事を語る彼が、その時ばかりは女にもてて疲弊したという話ばかりを繰り返すので、次第にこれは彼からのメッセージなのだと考え直すことにした。

 なるほど、確かに彼の目鼻は整っており、笑顔には屈託がなく、体つきは丈夫そのものだ。このうえ彼の幻覚剤のようにめくるめく与太話を聞かされては、特にこのような暑い夏の中では、すっかり信じこんでしまって彼に理想の男の夢を見る女が現れても仕方がないところだろう。彼はバイトにあけくれていた私と違って毎日ちゃんと講義に出ていたし、酔っ払いをあしらっていただけの私と違ってこの数か月でいろいろな出会いがあったに違いない。

 実際、私は後期から彼の様子を見るため同じ講義へ出るようになって、彼が築いた交友関係の広さ、それを支える彼の魅力に、今さらながら気付かされた。彼がおおげさな話を語りはじめると、あたりには自然と彼の友人が集まり、その人山はさらなる人を呼んで、最後には彼一流のおおげさなオチにみんなで笑い転げるのだった。そして改めて見るならば、彼の語り口調をうっとりした目で見つめる女は一人や二人ではなかった。女たちはことあるごとに彼のそばの席を奪いあい、まるで宝石をねだるかのように、自分のためだけに作られたおおげさな話を求めた。

 彼は決して期待を裏切らなかった。彼は無限におおげさな話を産み出すことができた。すべての人間が満足して現実の世界に戻るまで、彼は語ることをやめなかった。

 

 秋になって猛暑は去ったが、彼は見るからに疲弊していた。来る日も来る日も一日中、目で見た以上のものを口にしているのだから、疲れ果てるのも当然だった。なにか彼のためになりそうな助言をすべきだったが、なにしろ彼が口を開けばそこからは独演会で、彼のために言葉をかける隙など一瞬もなくなってしまう。結局、私に出来たのは、以前のように彼とはあまり目を合わせないだけだった。

 もはや彼を止められる人間は誰もいなかった。彼の言葉は過剰になるあまり、ごく単純な話をするだけでも、たとえば「肌寒いのでホットコーヒーが飲みたい」と言うだけでも、そこへ辿りつくまで言葉に次ぐ言葉が必要となって、とてつもない時間を要した。そして誰もが彼の物語の終わりの続きを求めたため、一度は着地したかと思われた物語もまたほどなく次なる展開に向けて飛翔することになった。彼は話し、話し続け、話し終わらなかった。

 

 冬になり、彼は寮を出ると言いはじめた。はじめはすこしのあいだ、遠くの街を訪れて一人の時間を作るという話だったが、例によってその設定は拡大再生産を繰り返し、いつのまにか世界のあらゆる都市を巡る一生の旅に出かけ、その結果として二度とは日本へ戻るつもりはないということになっていた。

 彼が手始めにどこへ向かうのかさえ誰も分からないまま旅立ちの日となり、私は成田空港まで彼に同行した。気付けば京急電鉄は彼の友人、取りまきで一杯になっていた。男たちはかわるがわる彼を抱きしめ、女たちは肩を寄せて涙を流していた。どこからか話を聞きつけたか、ただ偉大な男が旅立つとだけ聞いた野次馬らも押しかけて、空港は早くもその騒ぎで騒然としていた。見送る姿の中には京都から駆け付けた彼の両親、彼によく似た堂々と背の高い国民的政治家の父と、彼に似ず存在感の薄い母がそこにいて、二人とも控え目に手を振り、叩いた。彼は仲間から送られたTシャツと、このところずっと履いたままのジーンズという格好で、背中にはあの時と同じリュックサックを担ぎ、行ってくるよということを長々と話すと、場内からは自然と歓声や拍手が巻き起こり、それはいつまでも終わらなかった。

 

2011/07/18 - 2011/07/21

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この文章は小関悠が個人の立場で書いたもので、所属する組織などの立場や意見を示すものではありません。特に明記のない限り、この作品はフィクションです。

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