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ボストロルの送別会

 旧知のボストロルが転勤になるというので送別会が催され、なぜかそこへ私も招かれることになった。仕事が長引いて、会場の安居酒屋には三十分遅れで着いたが、中はすでに大騒ぎ。先に来ていた戦士は、こちらに気付く様子もなく女トロルたちと飲んでいた。それでも、私の知らない若手トロルがこちらを見つけると「あー、勇者さん! よくお越しで、さあこっちへこっちへ」と奥の席まで案内してくれた。

 

 ボストロルは昔、このあたりの洞窟を仕切っていたが、私がレベル27かそこらの時に討伐した。以来、しばらく音信不通であったが、二年ほど前に突然Facebookへ友達申請が来て、断りきれず友達になった。

 

 Facebookの投稿を見ていると、どうやら今でもこのあたりをうろうろしながら小銭稼ぎをしているようで、若手とバーベキューをしたり、子供と船で旅行に出たりと、充実した毎日を送っているようだった。向こうがこちらの投稿に気軽にコメントしてくるので、私も時々「いいね」を返したりしたが、実際に会うのはあのレベル30のころ以来であった。

 

「どうもどうも勇者さん、その節は本当に」一番の上座にいたボストロルはこちらを見て言った。ジョッキのビールを飲み干しては、店員を捕まえ、私の分と二杯を頼む。「本当に久々ですなあ」と言って笑ったが、さすがに老けたのか、往時よりは一回り体が小さくなったように見えた。私を案内していた若手トロルは気付いたら喧騒の中へ戻り、近くには他のトロルもおらず、ボストロルは自分の送別会だというのに騒ぎの輪に入れずにいるようだった。

 

「まあ、今思えばあの時やられて良かったと思っとるんです、本当に」乾杯のあと、ボストロルは言った。「あの頃は本当に働きづめで、やられはしましたけど、死なずに済んだし、あの勇者とやりあったんだぞと聞いて、若い連中も一目置いてくれるんですよ」そう言い、ボストロルはまた笑う。「そういえば、パーティの皆さんは元気ですか」

 

 ちょうどLINEが来たので確認すると、僧侶からだった。「どんな感じ? 飲み会、おなか痛いので休むわ」と。返事はせず、賢者へメッセージを送る。「来るのか?」反応はない。

 

 会話が途切れたタイミングで、私はさりげなく「次はどちらへ?」と聞いた。ボストロルは笑って答える。「いや、なに、ちょっとお休みを貰うことになったんで。今年からせがれも魔王の城で一人暮らしですし、妻の実家が暖いところなんで、そこで新しい仕事でも始めようかなあと。そうだ、キングトロル君!」

 

 喧騒の中から、ひときわ体の大きな若いトロルが現れる。「こいつが後任ですわ。ほら、勇者さんにご挨拶を」キングトロルはこちらをじろりと見ると、懐から名刺を取り出して「キングトロルです。よろしくお願いします」と言う。肩書には北西地域担当バイスプレジデント、とある。

 

 私はまさか名刺など必要だと思わなかったので「すみません」とだけ言って受け取った。三者の間に会話が生まれないのを見ると、キングトロルは「では」と言って、こちらをじっと見てから「またお会いするのを楽しみにしています」と言った。

 

 結局、私は最後までボストロルの横でビールを飲み続けて、彼の子供の写真を見たり、私と出会う前の武勇伝などを聞いたりした。食事はこちらに届く前に大半がトロルの胃袋に収まり、残ったものはひどい味だった。戦士は酔い潰れて店の隅で眠り、僧侶からは「転職先は聞けたか?」とまたLINEが来た。最後にはボストロルも酔い潰れ、まだまだ元気な若手トロルたちはキングトロルに引き連れられて二次会へと消えた。すべてを見送り、私は一人で宿へと戻った。

 

 賢者はもちろん最後まで来なかった。

 

2016/09/22

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この文章は小関悠が個人の立場で書いたもので、所属する組織などの立場や意見を示すものではありません。特に明記のない限り、この作品はフィクションです。

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