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父がオオアリクイに殺されて一年がたった

 父がオオアリクイに殺されてもうすぐ一年。母は怪しげな在宅ビジネスを始めた。兄はアルファブロガーになることを夢見て上京したまま戻ってこない。姉はアイドルになった。僕は高校に通う。お洒落な制服が人気で、ここ数年ぐっと偏差値が上がった学校だ。つまり僕もそれだけ賢くなった、だろうか。

 

 父はシンガポールで仕事をしていた。なんの仕事かはよく分からない。母はスパムメールを送りつける仕事をしている。兄はときどきブログを更新している。姉はきわどい水着を着て写真集を売り込んでいる。彼女に露出趣味があるのか、所属事務所の意向や社会情勢のせいなのかは分からない。僕は受験勉強に挑んでいる。有機化学がよく分からない。シスとトランスの違いがどう社会に影響を与えるのだろうか。

 

 兄のブログに社会的影響力はない。具体性がなくつまらないせいだろう。いつも姉と音読しては馬鹿にしている。「ア、イ、ド、マ」「シ、ナ、ジ」「フ、レ、エ、ム、ワ、ア、ク」氷河期の真最中に大学を卒業した兄は氷河の上を彷徨い歩いたあげく、どこにも辿りつけずブログを書くモンスターに突然変移した。偉そうなことを書いているが、兄の頭には少年ジャンプくらいの社会観念しかないことを僕はよく知っている。その証拠に、すこし荒らすとすぐ支離滅裂な反論をよこす。ゆるさんぞきさまらー、など。

 

 一方、姉はスマートである。彼女は自分の容貌がどの程度であるか、どのようなセックスアピールで自分の魅力を最大化できるかを、完全に理解している。どのタイミングでどのように自分を切り売りすればいいか、完璧に認識しているのだ。彼女の頭と体のシナジーは最高のフレームワークである。もう二回り美人だったら国を傾けたかもしれない。しかし美人でないからこそ養った戦略性なのかもしれない。写真集やDVDを出すたび、姉は新作をそっと僕の机に置く。そういうわけで有機化学の勉強は進まない。

 

 猫のゴドーはまたすこし太った。祖父は老人ホームに入った。お洒落な制服が人気の施設だ。姉は気が利くので老人たちのアイドルである。もちろん、姉は僕の同級生にも人気だ。体育館の裏に呼び出され、写真集にサインを頼まれたこともある。言われたとおりサインを姉に頼むと、彼女は「人類に貢献してるわあ」と言って喜ぶ。「貢献?」僕が尋ねると、姉は「青少年の健全な育成に」と答える。姉の最新DVDは一部の都道府県で絶賛発売禁止中。

 

 なりたいものになれ、と父はかつてよく言った。それらしいことを言うのが子供達にとって一番の手助けなのだと思っているようだった。いつも出張ばかりで、なにかを一緒にしたという記憶がない。いつも格好ばかり気にしていて、具体的にどんな仕事をしていたのか最期まで分からなかった。きっと美味しいものを食べて太り、いい具合になったところでオオアリクイに殺される、そんな感じの仕事だったのだろう。オオアリクイのアテンションを惹き、インタレストを集め、デザイアをかきたてる仕事だったのだ。

 

 ある日、姉が家を出て行くと言った。「貯金が目標額に達したの」。ちょうど兄が赤字国債の発行を嘆くブログを書いた日だった。「どこへ行くの?」と尋ねると、「人生を探しに」と姉は答えた。「みんなには黙ってるようにね」と姉は言った。「みんなって、お母さんは気付くよ。家にいるんだから」「気付かないわ。もうここはそういうところじゃないから」姉はそう言って化粧ポーチひとつを片手に消えた。翌日になっても帰ってこなかった。その翌日になっても。

 

 一週間後、祖父が死んだ。葬儀の終わりごろ、母が再婚話を僕にそっと仄めかした。ナイジェリアの王子とメールで知り合ったらしい。姉は帰ってこない。兄はTwitterをはじめた。ゴドーは寝ている。父がオオアリクイに殺されて一年がたった。

 

2009/12/15 - 2009/12/22

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この文章は小関悠が個人の立場で書いたもので、所属する組織などの立場や意見を示すものではありません。特に明記のない限り、この作品はフィクションです。

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