明け方、山の合間からぴかーっと出てくるお陽さまを見る。ヒモになって良かったなと一番強く思う瞬間である。家の近くにある神殿の屋根に上がって、太陽がきゅるきゅる昇って行くのを遠目に見ていると、脳味噌の中身が洗い流されていくような気がして、なかなか気持ちが良い。昇り行く太陽を優雅に眺められるのは特別早起きだからではなくて、徹夜明けだから。近頃ゲームと言えばサッカーゲームのことで、運営するクラブチームは今イタリア二部でナポリと熾烈な昇格争いを戦っている。
神殿はラー、太陽の神を司っているので、マスターは毎朝日の出を眺める熱心な信者だと思っている模様。すれ違う度に深いおじぎをしてくれる。もっとも、その時頭の中にあるのは前節にヌワンコ・カヌが決めた素晴らしいボレーシュートのことだったり、層の薄いセンターバックのことだったり。そんな訳でカルマは一つも貯まらず、仕事も貰えず、仕方無く、どこか喜びつつゲーム。
家に戻った後は気を失なったようにぐったりと寝て、起きたら太陽が沈みつつある。西側に部屋唯一の窓があるので、カーテンを閉め忘れていた時など、強烈な西日が部屋中を照らす。かと思うと、ふっと勢いを弱めて、そのまま真っ暗になってしまう。人が今から何か始めようとした矢先、何か大きな物が終わろうとしている。一日で一番、生活が嫌になる瞬間で、こんな生活いつまでも続けちゃ駄目だとか、ヒモで恥ずかしくないのかとか、リカにひどいことしてるとは思わないのかとか、人生やめたいとか、つい色々考えてしまう。起きて、テレビゲームの電源スイッチを押すまでのあいだに。一度押してしまえば、もう考えることと言えば体調の戻らないトーニのことだったり、あるいは層の薄いセンターバックのことだったり。
朝、神殿の屋根に登る時以外、外に出ようという気がまるで起きないのは何故だろう。あるいは朝だけ、あんなに自然に外へ出られるのは何故だろう。神殿から部屋に戻ったらリカが珍しく早く起きていて、目を眠たげに擦りながら不思議そうにそんなことを尋ねた来た。自分でもそう思う。「それはそれとして、夜食べたいものある?」とリカ。「ハンバーグ」と答えたら「朝から?」と聞かれた。
リカがいて良かった、と思うのはよくない徴候だ。実際にはリカはいない。ヒモにさえなれないのが現実。神殿もないし、神父もいない。太陽を眺める為に外に出ることさえない。母親が遠くで呼んでいる。カヌが最終節でハットトリックを決めたと、ディスプレイの中で僕が喜んでいる。
2003/01/13
この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。
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