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ゴールド

 ありとあらゆる探知器に引っかかる。レコード屋の防犯ブザーに引っかかる。アフロヘアーの店員が飛び出して来て「すいません、あ、ちょっと確かめさせてもらって頂けますか?」とよくわからない丁寧語を操る。僕はいつも持ち歩いている小さなリュックを下ろし、開く。中にはカメラと手帳くらいしか入っていない。「あ、どうも、ありがとうございます。あ、すいません」とアフロヘアーの店員は礼を述べ、謝る。僕は店を出る。飛行場の金属探知機に引っかかる。ヴィーという、日本人には発音しづらい音が鳴る。男が無言で、小型の探知器を僕の体に寄せる。ヴィー、ヴィーと音は鳴り続ける。「後ろを向いて貰えますか?」と男。僕は後ろを向く。音は鳴り続ける。背中、足、腕、露出している手先でも、頭でも、探知器は鳴り続ける。ヴィー。「何か手術でもされました?」と男。俺は仮面ライダーか。ウルヴァリンか。そう思いつつ「いいえ」と言う。男、小首を傾げ「どうぞ」と前へ案内する。日本人は頭が固いと言われるが、こういう時は柔軟だ。事なかれ主義というか。手先から足先まで金属探知器が反応するのだ。いくら厳格な空港職員でも、対処の施しようがない。僕はそう思う。そう思うのだが、フランスでは二時間、どことも分からない道を通った奥の小部屋に閉じ込められてみっちりと調べられた。フランス語は「ウィ」しか知らなかったので、彼等が何を真剣に喋り、俺に問うていたのかは分からない。さっぱりだ。それに比べるとドイツ人は、英語で喋ってくれるだけましだった。監禁も一時間ほどで済んだ。もっとも、俺はそれが英語だと分かっただけで、英語はやはりまるで分からないので、会話はもちろん成り立たなかったが。

 銀行のATMが突然サイレンを鳴らし始めると、またかと俺は思うが、周囲は当然のように騒然となる。俺は自分の口座の残高を確かめようとしただけだ。しかし警備員が待ってましたとばかりに現れて、俺の前後ろに立ちはだかる。半時間後には、そこの支店長か、支店長代理と名乗る人間が平謝りしてくれる。「もう結構です。慣れてますから」俺は言う。「そんなことより、金利はもうちょっと上がりませんかね」相手は苦笑いしながら「それはそれでございます」と、どこの銀行であっても判を押したように同じ返事を言う。そしてティッシュケースと、時にはボールペンとシャーペンのセットをくれる。俺は中学生か。

 もちろん警報ブザーはレンタルビデオ屋でも鳴る。しかしここでは、誰も僕を呼び止めない。少なくとも僕が愛用するレンタルビデオ屋「クエスト」ではそうだ。警報ブザーの存在意義が問われていると思うのだが、僕にとっては面倒が一つ減ったようなものなので、むしろ好ましい。そもそも誤作動が多いのか、レンタルビデオ屋では僕以外にもよくブザーにひっかかる人間を見かける。僕は若干の同情心を持って、彼等を眺める。「クエスト」の客は何故か男ばかりで、女はほとんど見かけたことが無い。置いてあるビデオの八割がアダルトものだからだろうか。

 僕の周囲では携帯電話が繋がらない。高校時代に親しい友人から言われたのがそもそも気付いたきっかけ。友人達と各社の携帯電話を持ち寄って検証してみたが、実際ドコモもJ-PhoneもAUも駄目だった。PHSは時々繋ったが、原因は分からない。二年前、それなりに必要に迫られてドコモの携帯電話を買ったが、僕が持ち歩く限り、年中圏外のままだった。

 僕がパソコンに近づくと、ディスプレイに縞々の波が走る。スピーカーからはグゥゥゥンという低い音が絶え間なく聴こえる。CD-ROMの回転が速くなる。ファンの音が大きくなり、バッテリーの保ちが悪くなる。ネットワークの転送速度が落ち、ブラウザーを起動するとDNSエラーが出る。ショートカット先が無くなる。ゴミ箱がデスクトップから消える。MP3のエンコードに失敗する。Apacheにセキュリティーホールが増える。理由無くアプリケーションが強制終了し、サーバーがシャットダウンする。

 図書館でももちろんブザーは鳴る。いつも受付から畑山さんがやって来て、僕に「大丈夫ですか?」と言う。何が大丈夫なのか、あるいは駄目なのか、文脈が正確には分からないが、とりあえず「大丈夫です」と僕は言う。「良かった」と笑顔で畑山さんは言う。僕も笑顔で返す。「もし良ければ」僕は言う。「仕事のあとにごはんでも食べに行きませんか?」僕は言う。心の中で。僕はタイミングを見計らっている。借りた本を鞄に詰めて、僕はまたブザーを鳴らしに行く。

 

2003/03/16 - 2003/05/13

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この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。

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その他のテキスト

そう
そう。絶対にそう。そうに違いない。そうに決まってる。というか、そうでないはずがない。そういうことになってる。そういうきまり。公理。これまでもそうだったし、これからもそう。つまり、帰納的にそう。そういう感じ。そういうことだと理解しているし、理解されてる。些細な部分だ。些細なところを除けば、まさしくそうなる。そうなっている。すくなくとも、そうなっていた。そうじゃない?そう見える。そう感じる。あるいは、感じた。そういうふうには思わないの?思えないの?確かにそういう捉えかたをする人が出てくるのは否定出来ない。そういった穿った考えかたを一つ一つ論証する義務はない。そう否定したい人には否定させておけばいい。先入観がある。ここではそうなってるでしょ。僕はそう思います。思いました。そりゃあ環境とか、文化の違いなんてものがあって、それがものの見方に影響を及ぼすということはあるかもしれない。今、そうと断定はしない。将来的にそうであることは証明されるはずである。そういうふうに見えたというなら仕方無い。見えた君が主張するなら、僕は否定しない。僕は君と違う。そう思わない人がいるというのは、憂慮すべきことだけど、ある意味では、つまり常に多様性が存在するということを考えると、これは当然の結果と言えなくもない。そう思う人もいるし、そうは思わない人もいる。そう思わない人にもそれなりの根拠があることは認識している。そうでないというならそうでないだろうし、そうだというならそう。そうでない可能性はある。とはいえ、可能性の問題ではない。定量的に求めることは出来ない。そうでないという立場が存在するということ。そうでないと主張することは可能だ。そうではないし、あるいは、そう。そうではないかもしれないということ。そうではないように思えるということ。これから、この限られた局面で、そうではないと言ったところで何の問題がある?強く主張はしないが、そうではないことは明白。そうではないのだから、そうではない。少なくとも、そうではなくなっている。そうではなくなった。一般的にはそうではない。特に近代においてはそうではないに違いない。以上から明らかなようにそうではなく、故に、ここではそうではないと記す。繰り返すが、そうではない。そうではないと思うことは当然のことである。そうでないというのがデファクトスタンダードだ。確実にそうではない。そうではないと断言出来る。そうではない。そう、つまり、そうではない。……

偶然のオフサイド 1
午前八時、少し過ぎ。通勤サラリーマンで満員のバスに一人の老人が乗り込む。「ちょっと前に行かせてくれんか」と乗るなりその老人。明らさまに迷惑そうなサラリーマン群をかき分け、おぼつかない足取りで前へと進む。その間もバスは舗装された道をするすると滑る。終点はJRの駅、そこまで残り十分といったところ。この街は典型的ベッドタウン。多くの乗客は、既に更に遠くから通勤するサラリーマンで一杯の電車に乗り替え、都市へと向かうのだろう。……

それがどうした
数少ない友人であるところの山西が就職するので最後に送別会でもやろうと河原町今出川を少し上がったあたりの焼き鳥屋にいつもの面子が集まったのだが、肝心の山西が現れない。四人席に俺、その隣に鈴木、その向かいに田中が座り、俺の向かいである田中の隣は空のまま、既に小一時間ほど経っている。……

バスルームで髪を切る唯一の方法
苛々すると髪を切る癖がついた。普段はどちらかというと気長というか、あんまり周囲の物事を気にしないというか、無神経というか、苛々するということはあまり無い。しかしそんな僕にも月に一度くらいの頻度で、苛々することが起きる。そんな時、僕は髪を切る。うまい具合に出来ている。伸び過ぎることも無く、無い髪を切るということも無く。……