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キャンセル・カルチャーをキャンセルせよ

毎日なにかが炎上している。

 

ミュージシャンの小山田圭吾はオリンピックの開会式に関わるというニュースが流れると、昔のいじめ自慢が話題になって炎上し、開会式への参加を辞退することになった。同じオリンピック開会式の演出を行っていた小林賢太郎は、過去の劇作でホロコーストを引き合いにしていたことが炎上し、開会式の前日に解任されることになった。

 

ホビージャパンの編集者はTwitterで転売ビジネスを容認する発言をして炎上、退職処分となった。徳間書店の業務委託を行っていた編集者は、同じくTwitterで大坂なおみのオリンピック敗退を揶揄して炎上し、契約解除となった。

 

すべてこの一週間ほどのことである。なるほど、日本はモラルにとても厳しい。

 

つまり開会式に関わった残りのメンバーは生まれてこれまで潔白な人達ばかりなのだろう。オリンピック選手はどうだろうか。日本を代表するアスリートたちなのだから、私生活には何一つ問題なく、違法行為など全く行っていない人達ばかりに違いない。

 

失言で炎上するとクビになるのだろうか。オリンピックの重要性と対比して、「クソなピアノの発表会なんてどうでもいいでしょう」と言った経営者は、役員報酬を3ヶ月のあいだ20%返納するという。「コロナはエボラとエイズを混ぜた人工ウイルス」などと言っている経営者もいるらしい。新型コロナを巡る政治家の発言など、失言として数えるのも難しいほど適当なものばかりだ。

 

Twitterを長く見ていると、何度も炎上しているのに、地位の安定している人がいる。政治家、経営者、起業家、教員など(そういう人達がみんな悪いと言っているわけではありません。必要条件と十分条件、念のため)。要するに世の中には炎上すると仕事を失う立場の人と、炎上しても仕事を失わない人達がいるわけである。

 

それって不公平では?

 

言い方を変えれば、失言、暴言、ヘイトスピーチ、過去の犯罪自慢などは、今や一部の人達の特権になっている。ただのサラリーマンやフリーランスは、発言を間違えると仕事を失うけれど、そのリスクのない人達は、言いたいことを言うことができる。政治家でも大臣クラスになれば、ナチスに学べと言っても釈明するだけで問題ない。

 

発言だけではない。現職の大臣は脱税をしても修正申告をすれば許される。そういう世の中なのである。

 

少し前に、なにも持たない弱者を、それゆえに何の恐れもないとして「無敵の人」と表現するのが流行った。しかし本当の「無敵の人」は、言うまでもなく強者なのである。

 

はっきり言って、昨今のキャンセル・カルチャーは格差社会の裏返しになっている。それが私達の望んだことなのか?

 

炎上させるなら全部灰になるまで燃やし尽くす、と言うならまだ分かる。でも現状はそうなっていない。燃やしやすいところから燃やして、燃え尽きたものは見捨て、燃えきらなかったものは生き残るというだけである。そして、今後もそれは変わらないだろう。「俺も悪いけど、あいつも悪い」式に炎上を振りまいて、地位のある人達だけが生き残るようなら、キャンセル・カルチャーは格差拡大に寄与するとさえ言える。

 

正直、小山田圭吾のいじめ自慢は昔から不愉快だったし、転売擁護も、大坂なおみに対する誹謗中傷も、許しがたい(小林賢太郎への批判には異論があるが、この話をすると長くなるので割愛する)。しかし、燃やせるからと燃やして、何が後に残るのか? もう少し過激な選択肢をとれば、なぜ彼等を燃やすことはできて、全ての失言や暴言やヘイトスピーチを燃やし尽くすことはできないのか? 正義感を持って炎上を見守るのは楽しいかもしれないが、その効果に限度があることも認識すべきである。

 

スティーヴン・キングの小説で、映画にもなった「バトルランナー」というのがある。ざっくり言えば、犯罪者たちが生き残りをかけて戦うリアリティショーがあって、それが娯楽として見られているという話である。昨今のインターネットを見ていると、あの作品を思い出す。キャンセル・カルチャーというリアリティショーには、すぐに出演する側に落ちてしまう人達と、なにをやっても見ている側に留まれる人達の格差があるわけだ。

 

他人を許す心を持て、などと言うつもりはない。しかし炎上した人が仕事をやめても、インターネットの人達が数日スッキリするだけで、世の中は変わらない。だったら炎上した人は謝罪し、赤十字などに多少の寄付でもして、それをもって外野は次の話に向かうというルールにしたほうが、ずっと世の中のためではないだろうか。

 

2021/07/29

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この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。

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