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内定デースケドガー

「そういうわけで、今年の営業部の新卒採用ですが……」会議室にスーツ姿の男たちが集まり、人事部長が前口上をはじめる。

「先日見た、田町くんがいいんじゃないか。学歴も申し分ないし、とても誠実で、優秀そうだったよ」営業部長は言う。彼にとって、安い給料でよく働く優秀な若手は、営業成績の必達には不可欠な存在だった。

「それが……弊社で契約しております採用AIシステムによれば、彼が内定辞退する確率は67.3%と、とても高いようで……」人事部長が答える。

「なんと、どうしてそんなことが分かったのかね」

「他社での選考状況をデータプラットフォームから入手しています。これによると、田町くんはコンサル、金融など名だたる人気企業で最終面接を控えており、この一社でも内定が出ると、残念ながらうちが辞退されることは間違いありません」

「そうか、困ったな」営業部長は考え込む。「しかし、とりあえず内定を出してみればいいんじゃないか。断られたら次を考えればいい」

「そういうわけにもいかないのです。そうやって内定を出すのが遅れると、次点の候補は先に他のところで取られてしまうリスクがあるのです」

「それはそうか」営業部長は納得する。しかし、彼は人事部のKPIが内定受諾率であることを知らない。学生が内定を蹴れば蹴るほど、人事部のボーナスは減り、それゆえに人事部は内定を出すことに慎重なのだ。

 

「そうすると、次点は大森くんかな。学歴も良いし、昔からうちが第一志望だと言っていたぞ」

「はい、その通りで、彼の辞退率は低いのですが、これもAIの分析によると、彼は独立心が高く、入社三年後には52.4%の確率で起業するであろうと予測しています。これは彼のインターネット利用状況に基づいたもので、ご覧のとおり、大学二年のころから起業家やVCのフォローを開始しており、普段も海外のベンチャー系ニュースサイトを頻繁に閲覧しています」

「なるほど、そうすぐに辞められては困るな……」営業部長はまた考えこんでしまう。

 

「じゃあ、鶴見さんはどうだ。学歴はまあまあだが、受け答えは完璧だった。うちの部署に女性は少ないのだが……」

「AIによると、彼女が10年以内に結婚して退職するリスク、あるいは出産して長期休暇をとるリスクは、合計で37.3%あります」

「……根岸くんはどうだね。学歴は今ひとつだが、なんかスポーツをしていて、馬力もありそうだったじゃないか」

「GPSに基づいた彼のアクティビティを見てください。彼はふだんなら歩くのが成人男子平均より15%も早いのですが、面接当日は、駅からオフィスまで歩くスピードが普段の70%もありません。これは、彼が本心では弊社で働くことを望んでいないことを示しています。この場合、就職してもパフォーマンスを発揮できないリスクが72%以上あります」

 

「そうだ、忘れていた!」営業部長は言う。「神田くんがいたじゃないか。学歴は素晴らしいし、うちの会社のことをとても調べてきていたし、親戚に以前うちで働いていた人間がいたと言ってたぞ」

「彼は、その……すごく優秀なのですが……」

「彼も内定辞退か? それとも独立か? ほかに懸念があるのかね?」

「いえ、彼は間違いなく出世します。その……彼の親戚というのが、先代の中野副社長のことで……、いわゆる中央派なのです……。うっかり採用した場合、10年以内にはこの場にいる誰よりも出世している可能性が……、ええと、42%ほどあり……」

 営業部長はぐるりと会議室を見回した。まだなにも発言していない十人ほどのメンバーも、互いに顔を見合わせている。「じゃあ、見送ろう」営業部長は言った。

 

「しかし、こうなると後は誰がいるのか……」

「はい、人事部では大船くんを考えています」

「大船? 彼は支離滅裂だったぞ。学歴もひどいし、大学でなにを学んでいるのかと聞いたら、デースケドガーとだけ答えて、それ以上の説明もなかった」

「確かに、AIもそのように考えており、データによれば彼は限りなく無能に近いと言えます。ただ、内定辞退や早期の退職、長期の休職といったリスクはありませんし、出世して我々を脅かす危険も、もちろんありません」

 

 大船に内定通知が届いたのは、翌週のことだった。目立たず、お世辞にも優秀とは言えなさそうな彼が大手企業から内定を得たことは、あっという間に同級生の話題となった。

「どうやったか教えてくれよ」同級生は大船を問いつめる。

「俺の兄が採用AIの開発をやってるんだよ。それで、採用AIがバグる仕組みを教えてもらったんだ」

「どういう仕組みなんだ?」

「それは言えない」大船は笑う。

「でも、そんな有名企業に入って大丈夫なのか? 仕事はできるのか」

「大丈夫だよ」大船は言う。「兄の会社は、人事評価AIも一緒に作ってるから」

 

2019/08/02

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この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。

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