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定額フレンズ

 週末、いつものフレンズと、いつものようにドライブに出かけた。温泉に行って、うまい蕎麦を食べて、帰り道。今日も運転をするのはリョージで、いつもどおりタケとジュンヤを先に下ろしたあと、僕を家の前まで見送ってくれた。

 

 僕はスマホで手早く、タケとジュンヤのレビューを済ませた。タケはいつも通り時事ネタに強くて、面白かった。ジュンヤは温泉で下ネタを何度も言ってたけど、スベっていた。

 

 車が僕の家に着いた。「ありがとう、来月はどこへ行こうかな」僕が言うと、リョージは「そのことなんだけど」と言った。

「来月から、俺、レベルが4に上がるんだ。そのことを伝えなきゃ、と思って」

 

 リョージは気まずそうだった。彼の言いたいことは分かった。僕の契約は、グレード3プラン。レベル3までのフレンドを、3人まで、週に1度呼び出せる。

 リョージがレベル4になったら、今までのように呼び出すには、毎月のプランをアップグレードするか、追加料金を毎回払わなければいけない。

 

「ほら、俺は車を持ってるし、運転もまあまあうまいし」リョージは言った。「フィードバックも結構いいほうで、自分で言うのもなんだけど」

「それは、こっちが送ったフィードバックだろ」僕は思わず言った。

「まあ、そうかもだけど」リョージは言う。「でも俺、あまり言ってなかったかもしれないけど、平日もけっこう他のフレンドやってて、そこでも評判が良かったから」

 初耳だった。信じられない、僕はそう思ったけど、黙っていた。

「もしまた、次会えたら」とリョージは別れ際に言った。そうならないだろうけど、という口調だった。

「そうだね」と僕は答えた。

 

 家に戻って、僕はプランの料金を再確認した。グレード4はグレード3の倍くらいする。そんな余裕はなかった。月に一度くらいなら追加料金を払って呼べるかもしれない。それが精一杯だった。

 

 ところが翌月、景気のいいことが起きた。職場で昇進して、ささやかながら給料が増えたのだ。「将来のために貯蓄しとくんだぞ」と上司は言ったが、僕が考えていたのは、プランをアップグレードすることだけだった。

 僕はその日のうちに、職場のトイレで、プランをアップグレードした。

 グレード4。レベル4のフレンドを2人含む、最大4人までのフレンドを、週に2度呼び出せる。つまり、これで初めてフレンズと泊まりの旅行が出来るわけだ。

 

 そういうわけで、僕は翌週もいつものようにフレンズを呼んで、いつものようにドライブに出かけた。「こんなに再会が早いとはね」とリョージは言ったが、僕は笑ってやりすごした。

 タケは景気の話をして、ジュンヤはくだらない下ネタを連発していた。いつもどおりの光景だったが、違うのは、今回の温泉旅行は泊まりだということだった。

 そして新しく、レベル4のハナがフレンズに加わった。グレード4の特権、4人目のフレンズ。長い付き合いの僕たちを相手に、ハナは初対面と思えないほど、あっというまに打ち解けた。

 

 タケは温泉近くの焼肉屋を予約して、僕の昇進を祝ってくれた。

「長い付き合いになるけど、こうやって活躍してくれるのは嬉しいよな」彼は言った。

 僕達は次から次にビールを飲み、肉を食べた。

 それから近くの酒屋でさらにアルコールを買い込み、旅館に戻って、スナック菓子をつまみに、ハナが持ってきたタブレットで一緒にNetflixを見た。

 

 アルコールがなくなると、みんなは自然と布団で横になった。僕は酔い覚ましに外へ出ると、ハナがついてきた。「散歩?」と彼女が聞くので、うん、と僕は答えた。彼女はさっと僕の手を握った。

 同時に、スマートフォンが通知で震えた。画面には細々とした情報が表示されていたが、要するにそのメッセージは「恋人プランを契約しますか?」ということだった。

 それは二年契約で、自動的に更新されるという。値段はびっくりするくらい高かった。フレンズならグレード5か6か、それくらいの値段だ。とてもフレンズのプランとは両立できない。

 車の免許もとらないといけないな、と思った。

 

2019/06/17 - 2019/06/19

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この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。

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