サラリーマン時代はあまりに安月給だったので、職場に隠れて色々なアルバイトをやっていたよ。知り合いに誘われたものもあったけれど、何しろ内緒の仕事だから、こっそりとアルバイト情報誌で見つけてきたものも多かった。
アルバイト情報誌は面白いよ。仕事を探しているわけでもないのに、暇潰しにコンビニで立ち読みをすることもあるくらい。いつも、思いもよらないような色々な仕事を見つけたな。世の中には色々なものが存在するけれど、アルバイト情報誌を読むと、そういった全ては誰かが働いた結果なんだと分かる。社会体験がもっとも気軽にできるメディアなんだよ、アルバイト情報誌は。働けと、家族から渡されるのは勘弁だけれどもね。
占いを選ぶ仕事もアルバイト情報誌で見つけた。占いを選ぶ仕事です、と書いてあったんだ。時給は千円。経験者優遇、在宅勤務と詳細欄に掲載されている。電話番号が一番下にあって、それで情報は全てだった。わけが分からない。占いを選ぶ、ってなんだ? 自宅でなにをすればいい? 経験者ってなんの? 分からない。だから、知りたくなった。それで電話をかけることにしたんだ。
電話に出たのは男性だった。繋がると、はい? とだけ低い声で言ってきたんだ。番号を間違えたかと思ったよ。アルバイト情報誌を見たんです、占いを選ぶ仕事の、と私は言った。ああ、と男は言った。じゃあ、今週から働ける? と男。はい、と私。じゃあ、住所教えてくれるかな、と男は言った。なんだか気味が悪かったけど、教える以外に選択肢はなかった。住所を言い終わると、それじゃあ連絡するから、と男は言って、それで電話はおしまいだった。本当にそれだけだったんだ。
ぶ厚い茶封筒が送られてきたのは二日後のこと。中にはA4用紙がたっぷり詰まっていた。今だったら電子メールで送るんだろう。用紙の一番上は仕事の説明書きだった。「日本語としておかしいものには、赤ペンで×をつけること」それだけ。送られてきたのと同じ、折り畳んだ茶封筒も入っていた。宛先は長野の私書箱。返信用なのだろう。そして残りの二百枚くらいの紙が、すべて占いだった。
一枚に紙には五十くらいの占いが書いてあった。横書きで、一つの占いが一行。大半は意味の通じないものだった。「青い靴をめくると吉」とか「昼下りのバーで三輪車に乗ると金運ダウン」とか「彼をマフラーすると二年ラッキー」とか。指示の通り、一つづつ×をつけていったよ。×ばっかりだった。ぜんぶ×なんじゃないかと思ったよ。なんとか意味の通じるもの、例えば「ラッキーアイテムはもぎたてのリンゴ」みたいなものを見つけた時は、とても嬉しくなった。「ラッキースポットは朝のジャズバー」なんてのもあったな。どうすれば良かったんだ。ひどいものだった。
私の選別した占いがどこで使われたのかは分からない。×ばかりの占いを送り返すと、すぐに新しいのが届いた。前と同じような、わけの分からない占いばかりだった。はじめはこんな占いを誰が書いているのか分からなかった。だけれども、ある時ふと、これはコンピュータが作っているんだなと気付いた。コンピュータがランダムに言葉を選んで、ランダムに組み合わせて、占いのように見せかけているんだ。それをただ印刷して、私や、他の誰かに選別させているんだ。人間がこれだけ不条理な文章ばかり書けるはずがなかった。その推測は、しばらくして確信に変わった。占いの一つが「金曜日は星型のものを持ってException in thread "fortune" java.lang.OutOfMemoryError: Java heap space」となっていたんだ。
コンピュータの奴隷として働き続けるのも悪くはなかった。毎月の最後に占いと一緒に勤務表が送られてきて、そこに書いた時間分だけ給料が届いた。ノルマもなにもなかった。ちょっと暇なとき、音楽を聴きながらでもテレビを見ながらでも、作業はできた。ほとんど×なのだから簡単だった。勢いで正しい文にまで×をつけても苦情が届くようなことはなかった。間違った文に×をつけ忘れたこともあったんじゃないかと思う。ただ、とにかく何も言われなかった。淡々と仕事を続けるだけだった。毎月、五万円くらい稼いだ。実際は毎月三十時間くらいしか仕事をしていなかったけど、五十時間くらい申告したんだ。
三ヶ月くらい続けたと思う。ある日、なぜか私は自分で文章を書いてみようと思った。そんなことを考えたのは、その時が初めてだった。そして思いついた時には、もう自分のコンピュータに向かっていた。意味の通らない文をたくさん書いた。「アイドルと選挙演説はゴージャス」とか。そして一つだけ、まともな占いを紛れ込ませた。「ただ息をするだけで幸せがあなたを包む」と。送られてきた紙と見分けがつかないような体裁で印刷し、意味の通らない文に×をつけた。「ただ息をするだけで幸せがあなたを包む」だけを残して。そして占いの紙束から一枚を抜いて、かわりに差し込んだ。それぞれの紙に番号などはなかったから、絶対にバレないはずだった。私は完成した紙束を送った。新しい分が届いた。予想通り、なんの変化もなかったのだ。
新しい紙束に書かれた占いはちゃんと選別し、手を加えはしなかった。ただ、それを送っても、新しい分は届かなかった。しばらく待ったが、まったく音沙汰なし。私は電話をかけた。呼び出し音は流れたが、男は出なかった。私はクビになったのだろうか。それとも仕事そのものがなくなったのだろうか。もしかすると、私の書いた占いが出回って、大きな騒ぎになったのかもしれない。男はその責任をとらされたのかもしれない。そうだとしたら、万が一そんなことが起きていたとしたら、ぜひ自分の占いを読んだ人に会って見たかった。
2009/01/06 - 2009/01/26
この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。
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