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こんなに平らな地球の隅で

劇団Yies#4にて上演

登場人物

諜報(♀)

作者(♂)

俳優(♂)

ボス(♀)

2号(♂)

刺客(♀)

蜜柑(♀)

新人(♂)

 

 役名は役者の為の識別記号で、意味を持たせていません。

 

 芝居中間取りは常に、

2F 新人    諜報・組織

1F 蜜柑と作者 開かずの間

で安定しています。

 

 

 開演五分前。

 舞台に作者入ってくる。

 

作者「本日は劇団Yies第四回公演『こんなに平らな地球の隅で』へご来場頂き、誠にありがとうございます。まもなく開演致しますが、それに先立ちまして幾つかのお願い事がございます。一つ目。携帯電話やPHSや、ポケットベル等をお持ちの方は、上演中に着メロが鳴りますと例え最新のポップスでも古い演歌でもお客様の集中をそちらへと向かせてしまい、本公演の劇作者、つまり私に大変な不安感を与える事になりますので、バイブモードにする様な逃げの一手もやめ、電源は必ず切って頂く様お願いします。また、ないとは思いますが上演中の写真撮影は、将来大物になった際に写真週刊誌のお世話になりたくないという当劇団役者(誰か希望の人の名前)の意向で全面的に禁止致します。最後に、劇場内での飲食・喫煙はご遠慮願います。…前口上が長くなりました。開演は定刻通り(開演時間)を予定しています。ごゆっくり、お楽しみ下さい。」

 

 作者、そのまま舞台でくつろぎ、机の上の八つ橋を食べる。

 開演時間。

 蜜柑、入ってくる。

蜜柑「ただいま。」

作者「お帰り。」

蜜柑「先帰るんならそう言ってよね。」

作者「ごめんごめん。遅くなりそうだったから、さ。」

蜜柑「何してるの?」

作者「ソリティア。」

蜜柑「持ってたっけ?トランプ。」

作者「上の部屋、空いてたでしょ?」

蜜柑「うん。」

作者「友達が越してきたんだ。それで、お近づきの印に、って。」

蜜柑「変なの。」

作者「変な奴なんだよ…。ま、それはともかくお疲れさま。」

蜜柑「うん…本当に疲れた。慣れない仕事をするとね。」

作者「芝居をテレビでやるのはね…最近あまりないから。」

蜜柑「そういう意味では有り難い話なんだけど。」

作者「あれからずっと打ち合わせだったの?」

蜜柑「そう。そっちは?」

作者「こっちはこっちで色々と。」

蜜柑「あれ?ごろごろしてただけなんじゃないの?」

作者「失礼な。」

 作者、脚本を取り出す。

蜜柑「何それ?」

作者「さっき、出ていく前にも言ったよ。」

蜜柑「本当に?」

作者「うん。二度目。」

蜜柑「そうだっけ?で、何それ?」

作者「…今度の脚本。」

蜜柑「書けたんだ!」

作者「だからそう言ってるでしょうが。」

蜜柑「でも昨日までネタが無いって言ってたのに。」

作者「いいネタが入ったんだよ。」

蜜柑「それはおめでとう。」

作者「ありがとう。」

蜜柑「面白い?」

作者「もちろん。」

蜜柑「ならいいけど。」

作者「疑ってるの?」

蜜柑「そうじゃないけど…こないだのは、ね。」

作者「だから、あれは演出家が勝手に書き換えたんだって。」

蜜柑「それは知ってるけど。今度は大丈夫なの?その演出家。」

作者「分からない。」

蜜柑「不安だね。」

作者「まぁね。」

蜜柑「私も何時まで芝居続けられるんだろ…。いや、これはもういいや。」

作者「何って?」

蜜柑「うん、こっちの話。」

作者「何よ。」

蜜柑「そんな事よりさ…私の事好き?」

作者「随分唐突だね。」

蜜柑「唐突な展開が好きなんでしょ?」

作者「まぁね。」

蜜柑「グラタン皿の端っこに残ったカリカリのチーズとどっちが好き?」

作者「プレスリーにおけるドーナツより好きだよ。」

蜜柑「…ふむ、良いでしょう。」

 蜜柑、何となく脚本を手に取る。

蜜柑「…『こんなに平らな地球の隅で』って、これがタイトル?」

作者「うん。」

蜜柑「どんな話?」

作者「読めば分かるよ。」

蜜柑「教えてくれたっていいじゃない。どういう風に始まるのよ?」

作者「ん…まぁ、普通の感じだよ。」

蜜柑「普通って?」

作者「こんな感じのワンルームで、こんな感じのカップルが喋っている所から始まるんだ。」

蜜柑「導入が弱いわね。」

作者「ほっとけ。」

蜜柑「それから?」

作者「それからね、まず家のチャイムが、」

 チャイム音。

蜜柑「誰だろ?」

作者「さぁ?」

 チャイム音。

蜜柑「はーい?」

 開けると男女二人組。男は2号。女は刺客。

蜜柑「どちら様?」

2号「手を挙げろ!動くんじゃねぇ!ゆっくり膝をつけ!そうだ!まっすぐ手を挙げて!九回裏に逆転満塁サヨナラホームランを打った駒田みたいに万歳しろ!そう!妙な素振りをすると俺の拳銃が火を吹くぜ!ライク・ファイアー、ファイアーぁぁぁ!(スティーヴィー・ワンダー風に)」

刺客「やめろ。」

2号「はい。」

蜜柑「…誰?」

 刺客、2号に目で合図。

2号「我々は日々世界を闇で操っている組織に日々闇で戦いを挑んでいる『対『組織』組織』だ。私は昨日付けで組織調理班から転属し処理班の一員になった…えぇと、名前はまだない者だ。そしてこちらは対組織組織処理班班長、つまり私のチーフ。要するにおおよそおおむねおおまかにいっても怪しいもんじゃない。」

作者「おおよそおおむねおおまかにいっても、ね。」

蜜柑「いきなりこんな事して、一体何の用なの?刺身につけるマヨネーズが無いなら貸してあげるわよ。」

2号「歯ごたえは許さん!」

刺客「2号、それを言うならば口答えだ…。」

 刺客、前に出て。

刺客「あなたも面白い人だ、お嬢さん。しかし何故あなたがこんな目に遭うのかは我々よりはむしろ、そこの、あなたの恋人の方がよく分かっているはずだよ。」

蜜柑「どういう事?何かやったの?」

作者「いや、心当たりがありすぎて分からない。」

刺客「…ならば教えよう。指令書によると、その男は我々『対組織組織』の情報をどこからか手に入れ、あろうことかそれを自分の脚本のネタにしてしまったそうじゃないか。お陰様で既に一部の情報は公の物になってしまった。…だが、これ以上は許さん。という訳で『対組織組織』処理班班長である私がお前の書いた物語の全データを頂きにやってきた。…ふむその脚本というのはこれかな?他にコピーは無いか?フロッピーディスクなどのデータもだ。」

蜜柑「…ねぇ、さっきの『いいネタ』って、その事なの?」

刺客「さぁ、時間はあまりない。分かったらいい加減に耳をそろえてもらって、この茶番劇を終わらせようじゃないか。」

 間。

作者「僕は、」

刺客「よく考えろ…返答次第では、お前には死んで貰う事になる。」

 間。

作者「…嫌だ。遅筆の僕がようやく書き上げた脚本を、お前達に渡す訳にはいかない。」

2号「ヒュー。」

 刺客、2号に目で合図。

刺客「ところで、優れたホラー映画の秘訣を知っているか?」

 2号、蜜柑に拳銃を向ける。

作者「…何だ?」

 2号、撃つ。蜜柑、倒れる。

刺客「ヒロインを躊躇なく殺す事だ。」

作者「うわぁ!」

刺客「これはお前自身が招いた結論だよ。」

作者「…僕も死ぬのか?」

刺客「もちろん。」

作者「…死にたくない。」

刺客「どうして?」

作者「どうしてって、怖いからさ!」

刺客「それならこんな芝居など止めてしまえば良かったのだ。そうすればお前は助かった。」

作者「だがそうすると僕の作品は日の目を見ない。」

刺客「もちろんだとも。そして我々、『対組織組織』の秘密はこれ以上知られずに済んだ。」

作者「…死にたくない。」

刺客「生まれる前は怖かったか?」

作者「…そんな事、覚えてもいない。」

刺客「だろう?ならどうして死ぬのが怖い?」

作者「…。」

刺客「目覚める度に夢が終わった恐怖を感じるか?」

作者「…いや。」

刺客「読みかけの小説の残りページが少なくなってくると恐怖を感じるのか?」

作者「…いや。」

刺客「呆気ない終わりというのもいいものだよ。無駄に続いても良い終わりが待っているとは限らない。『エイリアン』シリーズを見れば分かるだろう?」

作者「…『エイリアン』は4しか見ていない。」

 2号突然笑う。

刺客「特に面白い場所じゃないわよ。」

2号「すいません、チーフ。アメリカンジョークかと。」

作者「とにかく、僕は死ぬのは御免だし物語を終えるのも御免なんだ。」

刺客「黙れ!人間何時でも思い通りに生きる事が出来ると思うな!」

作者「…その言い回し、まさか、お前。」

刺客「ようやく気付いた様だな。お前の名前が処分リストに赤丸急上昇マーク付きで載っていた時は我が目を疑ったよ。私はすぐに志願して首尾良くお前の処分を担当する事になった。…あの時の借りを、ついに返す日が来たんだよ。」

作者「…そんな、いや、でも間違いない。おまえは、ほりか…。」

 刺客、拳銃を向ける。

作者「いいや、違う違う。全然違う。堀川はもっと小太りだったよなぁ、うんうん。」

刺客「…ヒントは、小学生時代だ。」

作者「…まさか、分かったぞ!スカートめくりをしたらシャリバン柄のパンツを穿いていた事から僕があだ名を『シャリバン』を名付けた…お前は大宮だ!」

 刺客、拳銃を向ける。

作者「だ…とは全然思わない今日この頃でございます。『お暑い毎日ですわね』えぇ、全くですわ奥様。」

2号「機会があればその大宮さんにも謝っておこうな。」

刺客「…第二ヒントは、牛乳だ。」

作者「…まさか、そんな!お前!あの頃、牛乳を飲んでいる時に決まって後からみんなに『口笛は何故~?』と歌われて毎日牛乳を吐かされてたあの子…お前は東山だな!」

 刺客、撃つ。

刺客「大当たりだ…だが名前もちゃんと覚えておけ。」

2号「…京都の南北の通りの名前だという事は分かっていたみたいですね。」

刺客「…下らない。本部に戻るぞ。」

2号「チーフっていじめられっこだったんですか?」

 間。

2号「でも何か飲んでる時に笑わされると誰だって辛いですよね。僕は主食といえばアラレちゃんと同じリポタンDなんで分かりませんけど、そういう何と言うかな、予期せぬ方向性からの指向性というか、例えばなんですけど人間って『表が出れば僕の勝ち、裏が出れば君の負け』と何気なく言われるとつい頷いて、」

刺客「黙ってついてこい。」

2号「はい。」

 刺客、2号、部屋から出ていく。

 俳優、部屋に入ってくる。手にはサイコロ。

俳優「何が出るかな?何が出るかな?」

 サイコロを振る。

俳優「はい『やるせない話』!略して?」

 気にせず。

俳優「『やるせない話』ですか?そうですねー、うーん、強いて言えばこの、どの面も『やるせない話』のサイコロがやるせないですかね。」

 暗転。

 部屋には男(俳優)と女(諜報)。

諜報「…今の何?」

俳優「何が?」

諜報「テレビ。あなたでしょ。」

俳優「『ごきげんようA(エース)』だろ。」

諜報「何それ。」

俳優「ALONEのA。孤独な人生の独り舞台。」

諜報「…マローンのA?カール・マローン?マーロン・ブランド?」

 俳優、無視。

 ボス、入場。気付かない二人。

諜報「とにかくもうちょっと仕事選んだら?」

俳優「今の世の中、立身出世は深夜番組からだよ。99しかり、ロンドンブーツしかり。」

諜報「でもそれってお笑いの話じゃないの?」

俳優「何を言ってるんだか。実際、ここでの活躍があったから、あの芝居にも組織外からスポンサーが付いて、テレビでも放映される事になったんじゃないか。」

諜報「…そういえば。」

俳優「自分も出演してたくせに、相変わらずの忘れっぽさだな。」

諜報「…なるほどね。」

俳優「これでこそこんなところに入った意味があった、って事だよ。」

諜報「え?何って?」

俳優「こっちの話。」

諜報「ねぇ、何よ。」

ボス「ちょっといいかしら?」

俳優「おはようございます、ボス。」

ボス「おはよう。」

諜報「おはようございます、ボス。」

ボス「おはよう。」

 ボス、位置へ。

ボス「今のあなたの話だけど?」

俳優「はい?」

ボス「こんなところ、って何?」

俳優「こんな素晴らしいところ、という意味です。」

ボス「そうなの?」

俳優「えぇ。俳優として伸び悩んでいた私が、豊富なスポンサーもあって、こんな表舞台で活躍出来る様になったのは全てここ、対組織組織の存在があってこそです。」

ボス「…分かっているならいいでしょう。」

 間。

ボス「さて、本日の議題は?」

俳優「まず私から報告です。」

ボス「どうぞ。」

俳優「では対組織組織広報班班長として、今週の対組織組織宣伝活動の確認を致します。『ごきげんようA』月曜から金曜まで、深夜1時からフジテレビ。『精鋭部隊ミレンジャー』土曜朝4時から岩手めんこいテレビ。『噂の真相・新年特別号』にて特集3ページ。明日発売の東京スポーツにて特集枠。なおご存じの通り、お二人にも出演頂き、不肖ながら私を主人公にしたお芝居『こんなに平らな地球の隅で』は、無事公演も終え、来週にはテレビでも放映されます。」

ボス「『ビバリーヒルズ壮年白書』はどうなったの?」

俳優「壮年白書は先週、無事最終回を迎えました。といってもまた来月から『ビバリーヒルズ更年期障害』が始まりますけど。」

諜報「…凄い勢いですね。」

俳優「いえ、それ程でも。」

ボス「全くよ。謙遜する必要は無いわ。このペースで進めば、ここを世界一有名な秘密組織にする、という私の野望が叶う日も近いわ。」

俳優「ありがとうございます。」

ボス「いえ、本当にあなたが我々の一員となってからの広報活動での成果は目覚ましいわ。いえ、広報活動だけではなく、あの様に優秀な処理班も作り上げて…とにかく今後とも私の夢を一日でも早く現実にする為に尽力を尽くす様にね。」

俳優「もちろん、喜んで。」

ボス「はい、では次は?」

諜報「私からです。」

ボス「始めて。」

諜報「はい。ごほん。えー、皆様もご存じの通り、私は『対組織組織』諜報班班長として先日まで組織に関与していると思われる野郎共の洗い出しを独自に行って参りましたが、今回、ある程度の成果が上がりましたのでそちら報告を致します。」

ボス「よろしい。続けて。」

諜報「はい。ではまず組織、そして六十億総地動説主義を唱える組織のミレニアム・プラン、『地球おもしろ・ザ・ワールド』計画についての再確認ですが、」

俳優「くだらない。地動説主義なんてのは聞き飽きた話だ。成果を聞かせてくれればそれでいいんだよ。」

諜報「何ですって?」

ボス「いいえ、彼の言うとおりよ。単刀直入に聞かせて。」

諜報「…分かりました。えー、先日まで行われた半年に渡る独自調査によって、組織の人脈は事前の予想より遙かに巨大なものとなっており、歴史的にはご存じの通りキリストの誕生から現在まで、地理的には広く鳥取から島根、社会的には神奈川県警からグラビアアイドルまでが深く組織に関与している事が、今回更に明らかになりました。」

俳優「グラビアアイドル?」

諜報「はい。グラビアアイドル業界は今や組織の巣窟と言えます。」

ボス「なるほど。色仕掛けという訳ね。」

俳優「具体的には誰が?」

諜報「はい?」

俳優「グラビアアイドルの誰が組織の人間なんだ?」

諜報「代表的なのは…優香。」

俳優「はい?」

諜報「優香です。」

俳優「優香?」

諜報「そうです。」

俳優「どうして?」

諜報「はい?」

俳優「どうして優香が組織の人間だと?」

諜報「…名字がありません。」

 間。

俳優「はい?」

ボス「素晴らしい発見だわ。…しかし名字を付け忘れるとは組織も少しぬかったわね。あの優香が組織の人間とは流石の私も今まで気付かなかったわ。早速緊急会議を開きましょう。これは諜報班始まって以来の大収穫だわ。」

諜報「ありがとうございます!」

俳優「…あの、ボス。」

ボス「…なにかしら?」

俳優「優香は芸名ですよ?」

ボス「それがどうかしたの?」

俳優「その理論だと『イチロー』も『ゆうゆ』も『体操のお兄さん』も組織の人間です」

諜報「そう言おうとしていた所です。つまり『イチロー』も『ゆうゆ』も『体操のお…』」

俳優「例えばですね、優香だと、本名は岡部広子です。」

ボス「よく知ってるわね。」

俳優「イチローは鈴木一郎です。」

ボス「それぐらい私も知ってるわ。」

俳優「そしてゆうゆだと、岩井由起子です。ちなみにお姉さんもアイドルで芸名は『ねえね』でした。」

諜報「こんなアイドルオタクの意見は無視しましょう。」

俳優「おにゃン子をバカにする気か!」

ボス「何が言いたいのか、はっきり言って。」

俳優「…だからですね、つまり、みんな本当はちゃんと名字があります。」

ボス「あ、そっか。」

 間。

ボス「…諜報班班長ともあろう人間が…功を急いだわね。」

諜報「申し訳ありません!」

ボス「対組織運動の二番を三回よ。」

諜報「…はい。」

 諜報、変なマスクをかぶろうとする。

ボス「外で!」

諜報「イエス・サー!」

 諜報、退場。

ボス「…少し休みましょうか。」

俳優「はい。」

 ボス、退場しようとする。

俳優「ボス。」

ボス「何?」

俳優「しかしひょっとしたら、これは組織の狙い通りなのかもしれません。」

ボス「どういう事?」

俳優「失礼ながらババ抜きの経験は?」

ボス「もちろんあるわ。かつてはババ抜きの馬場と呼ばれた女よ。」

俳優「旧姓ですか。」

ボス「そうよ。全盛期のババヒット率は47%を越え、一時間当たりのババピックアップ数72は今も世界三位の記録として人々の心に深く刻みつけられているわ。…で、ババ抜きが何?」

 俳優、ポケットからトランプを取り出す。

俳優「ババ抜きでババが手にある時、こうするでしょう。」

 俳優、トランプを二枚持ち、一枚だけ突き出す。

ボス「それが?」

俳優「どっちがババだと思いますか?」

ボス「成る程、分かったわ。…明日から優香を密着マンマークして。日本のエース小野、小野ヤスシが手本よ。」

俳優「喜んで。明日などと言わず今から行って参ります。」

 俳優退場。

ボス「…頼もしいわね。」

 刺客、2号入場。

刺客「戻りました。」

ボス「早いわね。」

刺客「簡単なケースでしたから。」

ボス「あなたもお疲れさま。」

2号「サンキュー。」

刺客「英語である必要は無いのよ。」

2号「すいません。」

ボス「初仕事はどうだった?」

2号「簡単でした。あれならオムライスの為の薄焼き卵を作る方がずっと難しい。オムライスの卵というのはなかなか難しいのです。お茶碗二杯分のご飯に対して卵は二個で作った場合に薄すぎると、」

ボス「それは良かったわ。」

刺客「では早速、報告ですが…。」

ボス「え、もう?」

刺客「はい。いけませんか?」

ボス「ちょっと待って頂戴…今何時かしら?」

2号「17時と20分です。」

ボス「大変『ハッチポッチ』が始まる!」

刺客「ボス?」

2号「本当だ!」

刺客「あなたも?」

ボス「えぇと…そうね、あなた達も任務が終わったばかりでお疲れでしょう。」

刺客「私は…」

ボス「えぇ、きっとぐっとお疲れだわ。自分では分からないかもしれないけど。それにもう遅いし、夜中に口笛を吹くと蛇が出るって言うし、とにかく明日ね。じゃ、お疲れさま。」

2号「お疲れさまです。」

刺客「あの!」

ボス「何よ。」

刺客「一つだけいいですか?」

ボス「言ってるでしょ?急いでるの。」

刺客「急を要する話なんです。」

ボス「もう、何よ。」

刺客「ここにスパイがいる可能性を考慮すべきではないでしょうか?」

ボス「またその話?先週調査したばかりよ。」

刺客「『スパイ活動を行ってませんか?』ってアンケートを配っただけじゃないですか。」

ボス「しつこいわね。仲間を信じられなくなったらお終いよ。」

刺客「しかし、これだけ情報が漏れているとなると…。」

ボス「お黙りなさい!あなたの仕事は漏れた情報先を処理する事よ。それが嫌なら諜報班に転属届けでも出しなさい。」

 間。

ボス「分かった?」

刺客「…はい。」

 ボス、退場。

 刺客、溜息をつく。

2号「あの…。」

刺客「あぁ、あなたも帰っていいわよ。ゆっくり休みなさい。報告は私がしておくから。」

2号「サンキュー。」

 2号、帰り支度。

2号「帰らないんですか?」

刺客「報告書をもう一度まとめ直すわ。」

2号「そうですか。」

刺客「おやすみなさい。良い夢を。」

2号「あの、チーフ。」

刺客「何?」

2号「一つ、いいですか?」

刺客「何を?」

2号「…実はちょっと、相談に乗って欲しいんです。」

刺客「対組織組織職業相談センターに行けば?一乗寺の方にあるでしょ。」

2号「もう行きました。」

刺客「あらそう。」

2号「あそこ、入った事あります?」

刺客「ないわよ。仕事に問題は無いもの。」

2号「あそこ、何がいると思いますか?」

刺客「だから知らないわよ。」

2号「あそこ、ナマケモノがいるんですよ。」

刺客「仕事が無いのね。」

2号「動物の。」

刺客「嘘?」

2号「センターの只一人の専門医のナマケモノの雄のプリンスちゃんが、全ての相談の相手となっているのです。」

刺客「それで?」

2号「それだけです。僕は僕の悩みを彼に精一杯説明しましたがプリンスちゃんは木にぶらさがったまま、何も答えてくれませんでした。」

刺客「ひどいわね。」

2号「施設には他に飼育係の竹中さんという方がいらっしゃるんですが、彼にその旨を訴えたらこう言われました。『おめぇ、そりゃあ愛がたりねぇ。愛をもってすればあいつもきっと、分かってくれるよぉ。』」

刺客「なるほどね。」

2号「納得しないで下さい。」

刺客「あぁ、ごめんなさい。」

2号「とにかく、センターはまるで役に立たなかったんです。」

刺客「ふぅん。」

2号「だから、聞いて貰いたいんです、相談。」

刺客「でもどうして私なの?」

2号「他にまともな人が…。」

刺客「それは口に出さない事ね。」

2号「でも実際、そうじゃないですか?」

刺客「まぁ、うれしたのしい人ばっかりとは言わないけどね、良い人もいるわよ。」

2号「誰ですか?」

刺客「あなたには関係無い事よ。」

2号「チーフ、それは恋ですか?」

刺客「へ?」

2号「ひょっとして組織内恋愛進行中ですか?」

刺客「違うわよ。」

2号「帝国データバンク調べによると、年間三千以上の秘密組織が組織内恋愛によって解散を余儀なくされているというデータが…。」

刺客「あなた、少し回路いじらせて貰える?」

2号「…ジョ、ジョーク、ジョークです、フォーク。マリナーズ佐々木。」

刺客「処理班にジョークは無用なのよ。それが嫌なら調理班に戻る事ね。」

2号「分かりました。」

刺客「それで、何?」

2号「何がですか?」

刺客「相談よ。」

2号「聞いてくれるんですか?」

刺客「そうするしか無いでしょ?部下の面倒を見るのもチーフの役目よ。」

2号「サンキュー。」

刺客「妊娠して仕事を休む事を?」

2号「何ですか?」

刺客「…いいわよ。」

2号「相談というのは、夢の話なんです。」

刺客「夢?」

2号「最近、やたらに変な夢を見るんです。」

刺客「あなた、そんなプログラムされてたっけ?」

2号「平たく言えば進化です。全てのアンドロイドが向かう道。色々な人を観察し、その夢をランダムに抽出する事で、僕自身も夢を見られる様になりました。…いけませんか?」

刺客「いえ、素晴らしい学習能力よ。ただ、何というか…、夢を見るのは普通の事よ。あなたはまだ慣れていないかもしれないけど。」

2号「そうですか。」

刺客「私も時々変な夢を見るわ。」

2号「どんなのですか?」

刺客「そうね、ストーカーにあう夢とか。」

2号「へぇ。」

刺客「しかも二人。」

2号「それは凄い。」

刺客「始めは同じ女性を狙っている事もあって反発し合う二人なんだけど、よじ登ったベランダから落ちかけた所を助けたり、警察に捕まりそうになった所で口裏を合わせたりした所から徐々に友情が芽生え、いつしか愛の花を咲かすという、夢。」

2号「失礼ですが、何か溜まってるんですか?」

刺客「本当に失礼ね。」

2号「すいません。」

刺客「まぁいいわ。それで、何が問題なの?」

2号「だから、やたらに変な夢を見るんですよ。」

刺客「いいじゃない。夢は夢でしょ。」

2号「そうじゃないんです。」

刺客「何よ。」

2号「話してもいいですか?」

刺客「乗りかかった波平よ。」

2号「…普段ジョークを言わない人のジョークって妙に気恥ずかしいですよね。何だかこう、アダルトビデオを借りようとしたら、前から少し気になっていたクラスの女の子が店員をやってた時みたいな。」

刺客「分かってるなら流しなさいよね…。」

 刺客、立ち上がる。

刺客「待ってて。何か冷たいものを買ってくるわ。」

2号「冷却剤ですか?」

刺客「ジュースよ。」

2号「あ、僕も行きますよ。話しながらでいいですか?」

刺客「はいはい。」

2号「で、その夢ってのが…。」

 二人、退室。

 

諜報「きゃー!」

 諜報、部屋奥からよたよたと出てくる。

 サスペンスっぽい派手な音楽。

諜報「死、死んで…。」

 チャイム。

諜報「は、はい!」

 俳優、自転車に乗って入ってくる。

俳優「あの。」

諜報「あ、え、あ、はい。」

俳優「トイレ貸してくれませんか。」

諜報「え?あ、はい、どうぞ。」

俳優「すいませんね。」

諜報「いいえ、お構いなく。」

 俳優、自転車でそのまま入ろうとする。

俳優「あ。」

 自転車から下りる。

俳優「すいません。うっかりしてて。」

諜報「あぁ、ええ。」

 間。

諜報「どうぞ、こちらです。」

俳優「どうもどうも。」

 俳優、部屋奥に行こうとする。

諜報「だー!そうじゃなくて!」

俳優「はい?」

諜報「大変、大変なんです。」

俳優「何がですか?」

諜報「人が、人が、そのトイレで、」

俳優「落ち着いて下さい。何があったんですか?」

諜報「け、警察を呼ばないと。で、電話、」

 諜報、電話に走って受話器をとろうとする。

 俳優、後よりその手を押さえる。

諜報「え?」

俳優「その必要はありませんよ。」

諜報「…どうして。」

 俳優、警察手帳を取り出す。ドラえもんの手帳とかだと凄く良い。

 サス?

俳優「古火田任三郎(ふるひだ・にんざぶろう)、京都生まれの京都育ち、蟹座のB型、好きな俳優はショーン・コネリー、ついでに警視庁捜査一課の刑事です。」

諜報「…うそ。」

俳優「とにかく周囲の人間を集めましょう。このマンションに人は?」

諜報「…確か後二人、住んでいるはずです。」

俳優「よし。」

 俳優、部屋を出ようとして止まる。

俳優「…申し訳ありませんが、ついてきて貰えますか?」

諜報「…え?」

 間。

諜報「そうですよね、現場を荒らされたら困りますもんね。…早速、犯人候補ですか。」

俳優「すいませんね。刑事というのはアンドロイド的反射作用というよりはむしろアルカノイド的反射作業を必要とするのですよ。…それに、」

諜報「…それに?」

俳優「第一発見者が犯人というのはいい加減使い古されたパターンですからね。そうでない事を祈りますよ。」

 照明、暗転しきらない程度に落とす。

 新人、蜜柑、入場。それぞれの位置へ。

 照明、戻す。

 俳優、考え込んでいる。

新人「刑事さん?何が起きたかは知らないですけど、私にも用事があるんですよ。出来れば早く解放してくれませんか?」

俳優「…今このマンションに住んでいるのは、これだけですかね?」

蜜柑「えぇ。」

俳優「状況を整理整頓させて下さい。このマンションの構造は?」

 間。

蜜柑「…このマンションは二階建てで各階二部屋の、全部で四部屋。二階が彼(新人)の部屋(斜め上を指して)と、彼女(諜報)の部屋(真上を指して)で、一階が私の…」

俳優「ちょっと待って、彼女(諜報)の部屋は二階?」

蜜柑「そうですよ。」

俳優「犯行現場であるここは一階のはずだが…それとも、久しぶりの事件で少し浮ついてしまったか。」

蜜柑「ここは確かに一階です。」

俳優「で、一階は君の部屋と?」

諜報「空き部屋です。」

俳優「空き部屋?」

新人「そう。『開かずの間』だ。」

俳優「…何ですか、それは。」

新人「開かなかったんだよ、それだけだ。」

俳優「開かなかった?過去形ですか。」

蜜柑「それはそうでしょう。ここがその『開かずの間』だったんですからね。」

 間。

俳優「…少し、聞かせてくれませんかね。」

諜報「…はい。」

俳優「私がこの部屋を訪れた時、あなたは中にいた。」

諜報「…はい。」

俳優「しかし、ここはあなたの部屋ではない。本当のあなたの部屋はこの薄い天井を挟んだ上にある。」

諜報「…そうです。」

俳優「どうして中に?」

諜報「…管理人さんから、頂いたんです。」

俳優「頂いたとは?」

諜報「管理人さんが父の古くからの知り合いだった関係で、ここが空きの間は好きに使っていい、とキーをくれたんです。」

俳優「そのキーは今持っている?」

諜報「…はい。」

 諜報、キーを取り出す。

俳優「複製を作った事は?」

諜報「ありません。」

俳優「…成る程ね。」

蜜柑「ところで、刑事さん。」

俳優「はい。」

蜜柑「突然集められて、そろそろ何があったか教えてくれてもいいんじゃないですかね?」

俳優「…ちょっと事件がありましてね。」

新人「事件?」

俳優「そこのトイレで、女性が血を流して倒れていました。」

蜜柑「…血?」

俳優「えぇ。そしてその女性はどうもこのマンションの管理人さんらしい。そうですよね?」

諜報「そうなんです。管理人さんが、管理人さんが…。」

俳優「鑑識が来るまで詳しい事は分かりませんが、どうも何か鈍器の様なものでガツンと殴られた様ですね。」

新人「…驚いたな。」

俳優「ま、そういう事情でとりあえずこのマンションにお住みのみなさんに八時でもないのに全員集合して頂いた、という訳です。」

蜜柑「…外部犯の可能性は?」

俳優「はい?」

蜜柑「私達は容疑者だから集められたんでしょう?ですけど、侵入者の犯行という可能性は無いのですか?」

俳優「いえいえ、容疑者だなんて。ただ、まず被害者をよく知っていた皆さんからお話を聞きたくて。」

新人「知らないな。」

俳優「いやいや、」

新人「いや、本当に知らなかった。管理人なんて書類の上の人間だと思っていたよ。同じ血を流す人間としていただけでも驚きだね。」

俳優「…一度も会ったことが無い?」

新人「あぁ、誓って。」

俳優「みなさんは?」

蜜柑「ありません。」

諜報「私は…もちろんありましたけど。」

俳優「…ふむ。」

 間。

俳優「なるほど。それなら逆に外部の犯行かもしれませんね。」

新人「何だって?」

俳優「あなたがここに戻ってきた時、部屋のドアと窓には全て鍵がかかっていた。そうでしょう?」

諜報「そうです。」

俳優「あなたはそこのドアをその鍵を使って開けた。」

諜報「えぇ。」

俳優「そしてそれ以外に鍵は無いときてる。」

蜜柑「でも刑事さん、もちろん管理人は持っていたんでしょう?マスターキーを。」

俳優「えぇ、持ってましたよ。」

蜜柑「じゃあ犯人がその鍵を使えば、ドアを簡単に開けて、閉める事が出来るんじゃないかしら?」

俳優「いえいえ、それは無理です。」

蜜柑「どうして?」

俳優「管理人さんは持ってたんですよ、マスターキーを、トイレで倒れた時も。」

諜報「…まさか。」

俳優「こう言うのはいかにも二流ミステリーみたいで気が引けますがね、要するに、この部屋は実質的に密室だったのですよ。」

 間。

新人「…マスターキーを奪って合い鍵を作るというのは?」

俳優「管理人さんをトイレに置いて、ですか?いつ彼女が帰ってくるかも分からないのに。それにですね、」

新人「何だ。」

俳優「マスターキーから合い鍵を作ろうとした経験は?」

新人「無いよ。疑ってるのか?」

俳優「いえ、本当に無いんだと思いますよ。作ろうとしたなら知っているはずですからね。というのは管理人が持つ様なマスターキーは大抵、それを示す印が鍵についてましてね、普通合い鍵屋はそういったものの複製は断る様にしてるんですよ。」

 間。

俳優「まぁ、もうすぐ鑑識が来ますから、それでだいたいの事は分かるでしょう。」

蜜柑「もうすぐ、って?」

 ボス、入ってくる。

ボス「お疲れさまです。」

新人「計った様なタイミングだな。」

ボス「そこで待ってましたから。」

俳優「言わないで下さい。」

ボス「それで、ガイシャは?」

俳優「トイレで居眠りしてますよ。」

 ボス、部屋奥へ。

新人「女か。」

俳優「えぇ。」

蜜柑「一人だけなんですか?」

俳優「そうですよ。」

蜜柑「何か、普通こういう事件だともっと人が、」

俳優「生憎、警察もあまり潤ってませんでね。」

蜜柑「いい加減な話ね。」

俳優「そんなもんですよ。ドラマの見過ぎじゃありませんか?」

蜜柑「…そうなんですか。」

俳優「では、少しお待ち頂きましょうか。」

 照明、暗転しきらない程度に落とす。

 役者、それぞれの位置に動き出す。

 照明、戻す。

 新人、位置につききれない。

新人「早いな。」

俳優「省エネの時代です。」

ボス「何とか結果が出ました。」

新人「早いぞ。」

ボス「あまり時間がありませんから。」

 俳優、時計を見て。

俳優「お疲れ様だ。もう夜中の三時だもんな。」

新人「早すぎる!}

俳優「で、どうでしたか?」

ボス「こんなんでましたけど。」

 ボス、メモを俳優に渡してまた部屋奥へ。メモを見て。

俳優「…これはこれは。」

諜報「何か分かりましたか?」

俳優「えぇ、大体の事は。」

新人「犯人が?」

俳優「まさか。警察がそんな二時間もののサスペンスドラマ並みに聡明だったら(最近起きた事件)なんて起きませんよ。」

新人「ふん。」

俳優「…でもまぁ、二時間ドラマより有利なのは、我々にはたっぷり時間があるという事です。腰を据えて取り組みましょうか。」

ボス「いえ、あまり時間は無いんですけど。」

 ボス、なんとなく部屋を出る。

蜜柑「そうです。急いでいる人間もいるんですからね。」

俳優「そう言わずに。こんな経験は滅多にありませんよ。」

新人「呑気なもんだな。」

俳優「…さて、では事件当時皆さんが何をしていたかを教えて貰いましょうか。」

諜報「事件当時というのは?」

俳優「鑑識によると、事件が起きたのは(公演開始時間+五分)から前後数分程の間で、ほぼ間違い無い様だ。」

諜報「そんな正確に。」

俳優「その時間、何をしてましたか?」」

諜報「…私は、彼(新人)の部屋にいました。」

俳優「間違い無い?」

新人「あぁ。ずっと二人で。」

俳優「何をしてたんですか?」

諜報「…そんな事。」

新人「いくら刑事でも知る必要の無い事だよ。」

俳優「そうですか。ではこれを。」

 ボス、入場。招き猫を持っている。

ボス「どうぞ。」

諜報「…私の。」

俳優「そう。凶器となったのはあなた(諜報)の部屋にあったこの招き猫ですが、何か覚えは?」

諜報「…ありません。」

俳優「ずっと部屋に置いていた?」

諜報「はい。いつの間に…。」

 ボス、何となく外へ。

新人「一番早くとも、事件の起きたのは(公演開始時間)ぐらいなんだよな。」

俳優「そうですね。」

新人「仮に、仮に彼女が犯人だとしてもだ、そしてこの部屋に管理人を呼び出しておいたとしても、私と別れて部屋に戻ってから招き猫を持ち、そいつで管理人を殴って、」

俳優「それから犯人はどうも返り血を浴びた様だ。」

新人「ならばまた部屋に招き猫を持って帰って服を着替えてこの部屋に戻ってくるには、それなりに時間がかかる。」

俳優「そうですね。私がこの部屋に来たのが(公演開始時間+七分)ぐらいだから、際どい所だ。それに、」

新人「それに?」

俳優「彼女が犯人ならわざわざここに戻ってくる必要は無い。ましてや、来客があったからと言ってドアを開ける必要は全くない。疑われるのは間違い無いのだから。」

蜜柑「でもどうしてわざわざドアを開けたのかしら?ここは『開かずの間』なんでしょ?普段はチャイムが鳴ってもドアなんて開けないんじゃないの?」

諜報「…動転してたんです。管理人さんがあんな事になって…。」

俳優「まぁ、犯人探しはもう少し待ちましょう。ところで、あなた(蜜柑)はその時間何をしてましたか?」

蜜柑「…本を読んでました。」

俳優「ふむ。何を?」

蜜柑「『ジオラマボーイ・パノラマガール』というコミックです。」

俳優「岡崎京子。」

蜜柑「好きなんです。」

俳優「ふむ。ではそれを証明してくれる様な人は?」

蜜柑「…誰かいる時にわざわざコミックなんか読みますか?」

俳優「それは確かにそうだな。」

新人「なんだ、アリバイの無い人間がいるんじゃないか。」

蜜柑「何ですって?」

俳優「まあまあ。忘れてはいけませんよ。彼女はこの部屋の鍵を持っていません。この中には入れないのですよ。」

諜報「…じゃあ、一体誰が。」

新人「やはり外部犯なのか?」

俳優「まぁ、慌てず。時間はたっぷりありますからね。」

 ボス、入り口から入ってくる。

ボス「もういいですよ。」

俳優「うん。」

新人「何が?」

俳優「はい?」

新人「何が『もういい』んだ?」

俳優「あぁ、えぇ、今からちょっと管理人さんを見て貰おうかと思いましてね。」

諜報「…そんな!」

新人「彼女は犯人を見ているのか?」

蜜柑「そうよ!死体なんて見せて、私達に悪い夢でも見せたいんですか?」

諜報「あんな死体なんか…。」

 間。

俳優「…なるほど。じゃあやめておきましょう。」

新人「なんていい加減な。」

ボス「いいの?」

俳優「あぁ、もういいですよ。もう分かりましたから。」

ボス「了解です。」

 ボス、部屋を出る。

新人「聞こえてるんだからいい加減省略せずに話してくれないかな。何が『分かりました』んだ?犯人か?」

俳優「えぇ。」

蜜柑「…冗談でしょう?」

俳優「刑事がジョークを言っていいのは同僚が死んだ時だけですよ。」

諜報「…本当に?」

俳優「えぇ。」

 俳優、合図。

 照明、フェードアウト。場違いな音楽。

俳優「えー、終わってみれば単純な…。」

 暗転。

俳優「見えない。」

 照明、少し明るく。

俳優「えー、終わってみれば単純な事件でした。もうお分かりですね、犯人は…いや、本当にお分かりですか?…よろしい。お手元に記入用紙があると思いますので、そちらに犯人の名前を書いて下さい。筆記用具をお持ちで無い方は?書けた方からこちら側(上手?)の方に回して、それから前に回して下さい。なお、正解の方から抽選で一名様に、素敵なプレゼントをお渡しします。…ご協力ありがとうございます。刑事、古火田任三郎でした。」

 暗転。

 

 部屋に2号。脚本を持っている。

作者「失礼します。」

2号「あぁ、君か。今読んでいる所だよ。」

作者「どこまで読み終わりましたか?」

2号「犯人を探し当てる直前の様だな。」

作者「なるほど。…それで、どうですか、演出家の立場としては?」

2号「うーん。」

作者「何か問題が?」

2号「いや、まずタイトルだが。」

作者「『こんなに平らな地球の隅で』ですが…、ダメですか?」

2号「もうちょっと分かりやすく、フレンドリーにならんかな?」

作者「分かりやすく、フレンドリーですか?どの様に?」

2号「そうだなぁ…『美人三姉妹』」

作者「『美人三姉妹』?」

2号「うむ、『美人三姉妹』は必ずタイトルに入れよう。」

作者「姉妹なんて設定はどこにもありませんが…?」

2号「それから舞台だが、これはマンションなのかな?」

作者「えぇ、はい。」

2号「旅館の一室に変えよう。」

作者「はい?」

2号「温泉旅館だ、混浴のある。それでタイトルは…『美人三姉妹が行く混浴旅情殺人事件~欲求不満の若妻が湯煙の向こうに見たものは~』だ。」

作者「もう一度いいですか?」

2号「だから、『美人三姉妹が行く混浴旅情殺人事件~『団地妻衝撃告白』私だってこんな事までしちゃうんです~』だ」

作者「微妙に変わってませんか?」

2号「うん?」

作者「しかしそうすると大量に書き直しが必要に…。」

2号「それを何とかするのが君の仕事だろう。」

作者「これは僕の作品なんですけど…。」

2号「それから、肝心の事件のシーンだが。」

作者「はい。」

2号「客層はどうなるんだ?」

作者「大学生が中心だと思いますけど…。」

2号「じゃあもっと分かりやすくしないといけないな。」

作者「そうですか?」

2号「そうだとも。今時の大学生は分数の割り算も出来ないと評判じゃないか。こんな私でも分からないトリック、分かるわけがない。」

作者「いや、簡単なんですけど…。」

2号「犯人はおおよそ特定出来ているのだが凶器が見つからない、という設定にしよう。」

作者「凶器探し系ですか、えぇ。」

2号「それで…凶器は氷のナイフだ。」

作者「…はぁ。」

2号「いいだろう。」

作者「…えぇ、分かりやすいですね。」

2号「何となくパンチが濡れていたりするといいな。」

作者「普通、舞台は水物禁止ですけど…。」

2号「それと気になったのだが…これは何て読むのかな?」

作者「『ちょうほう』です。」

2号「難しいな。もっと分かりやすい言葉に置き換えろ。相手は大学生だ。」

作者「…はぁ。書き直してきます。」

2号「それと、最後に一つ。」

作者「まだ何か?」

2号「冒頭のシーンで人を殺すだろう。あれは?」

作者「あれは『ディープブルー』という映画にヒントを得てですね、つまりヒロインをいきなり殺す事で、この舞台は何でもありだぞというのをまず知らしめる意味が…」

2号「いかんな。」

作者「はい?」

2号「実にいかんよ。もしこの芝居を見た客が翌日にでも殺人事件を起こしたらどうする?『学生演劇が犯人に悪影響!』なんてスポーツ新聞に書かれ、色々な雑誌に取り上げられるぞ。」

作者「宣伝になりますね。」

2号「…それもいいな…いや、ダメだ!小劇場界から追放される。」

作者「でもそれって僕が悪いんですかね?」

2号「当たり前だよ。猟奇殺人はホラー映画が、少年犯罪はテレビゲームが、バスジャックはバスが悪いんだ。決まってる。」

作者「そうですか?」

2号「最近も小学生が親を感電死させる事件があっただろう。」

作者「知りませんけど、それが何か?」

2号「その小学生の部屋にピカチュウの人形があったとかで、ポケモンのデザイナーである田尻智(たじり・とも)が捕まった。」

作者「そんな馬鹿な。」

2号「任天堂は三ヶ月の業務停止処分だ。」

作者「ありえない。」

2号「更に検察の調べで、その小学生は幼い頃、兄に『うるせいやつら』劇場版を見せられていた事が発覚した。」

作者「それで?」

2号「昨日、押井守(おしい・まもる)と高橋留美子が捕まった。」

作者「安直な!」

2号「そういうもんだよ、世の中は。」

作者「…。」

2号「だいたいこの物語のテーマは何だ?」

作者「テーマなんて。あんなのは面白いモノを書けない作家がしがみつくものに過ぎません。」

2号「そんな事は無い。」

作者「いいえ。それじゃああなたの人生のテーマは何ですか?」

2号「…。」

作者「登場人物にとって物語は人生ですよ。それを勝手にテーマなんて。」

2号「…何はともあれ書き直しだな。タイトルはさっき行った通り。殺人や暴力シーンは無し。キャストは…木村拓也が主人公で…あの木村拓哉はギャラが高いからカープの方のだが…それをピアニストにして…そうだな、誰か最近見かけないアイドルを探してきて一つきわどいシーンをやらせろ。テーマは愛と裏切り。内容は三角関係ものにすれば、後は何でもいいだろう。」

 2号、脚本を作者に投げる。

 作者、受け取って立ち上がり、去ろうとする。

2号「明日までに頼むよ。」

 作者、振り返って撃ち殺す。

作者「これは僕の物語だ。」

 間。作者落ち着く。

作者「物書きとしてやってはいけない終わり方が三つある。一、夢オチ。二、楽屋オチ。三、皆殺しオチ。」

 間。

作者「…しかし、展開に困ったら人を殺せ、とスティーヴン・キングも言ってるしなぁ。」

 間。

作者「閑話休題。解答編をどうぞ。」

 暗転。

 

 部屋には俳優、新人、諜報、蜜柑。

蜜柑「誰なんですか!犯人は!」

俳優「考えればすぐに分かる事ですよ。」

新人「またそんな事を。」

俳優「いえ、本当にそうです。」

諜報「いい加減にして下さい。」

俳優「ここには三人いる。鍵を持っていたのは一人だが、彼女にはアリバイがある。アリバイが無かったのもまた一人だが、彼女は鍵を持っていない。…そこで問題です。1+1は?」

新人「2だ。」

俳優「そうです。犯人はあなた(諜報)とあなた(蜜柑)です。」

蜜柑「そんな!」

諜報「デタラメだ!」

俳優「あなた(諜報)が鍵を彼女(蜜柑)に渡して、自分は犯行時間の間、彼と一緒にいる事でアリバイを作る。その間にあなた(蜜柑)は彼女(諜報)の部屋から凶器…招き猫を持って管理人さんを殴り倒し、再び凶器を彼女の部屋に戻した後、鍵はこの部屋にでも適当に置いておく。あなた(諜報)は何も知らないフリをしてこの部屋に戻って鍵を手に入れ、血を流した管理人を見て悲鳴をあげる…。それだけの事ですよ。」

諜報「そんなの全部推論だ!」

俳優「そうでも無いんですよ。」

諜報「だいたい、それだったら私が関わらなくても出来るじゃない。」

新人「どういう意味だ?」

諜報「私の部屋の鍵をこの人(蜜柑)がこっそりと奪って、殺して、またこっそりと戻す事も出来たじゃない。」

 間。

蜜柑「裏切り者!」

俳優「…まぁ今の一言でほぼ決まりの様な気もしますがね。なんなら念の為、決定的な証拠をお見せしても良いですよ。」

新人「何だ?」

俳優「犯行の目撃者です。」

新人「目撃…そんな人がいたのか?」

俳優「えぇ。管理人さんがいるじゃないですか。」

蜜柑「そんな…管理人さんは死んだはずじゃ…。」

俳優「いいえ、私は一度も死んだなんて言ってませんよ?「殺害」とも言ってませんし、そもそもこの事件が殺人事件だとは一言も言ってません。…あなたが死んだと思いこんだのは、事前にこの事件の全貌を知っていたからじゃないですか?」

 蜜柑、崩れ落ちる?

俳優「私がそこのトイレに入った時、管理人さんは微かにですが動いてました。あれを死んだと見なすのは、ちょっと気が早すぎると思いますよ。アリバイの為にもすぐに他の人を呼びたかった気持ちは分かりますがね…。」

 ボス、入ってくる。

ボス「病院から電話が入りました。管理人さんはもう問題無いそうです。二三日中には退院出来ると…。」

俳優「そういう訳で、これは推論でも何でも無いのですよ。管理人さんはあなた(蜜柑)

が招き猫を手に殴りかかってきた事も覚えてるし、あなた(諜報)が何も助けようとせずに悲鳴をあげた事さえぼんやりとだが覚えている。」

 間。

新人「どうしてこんな事を…。」

蜜柑・諜報「だって、」

俳優「おっと、金田一少年の事件簿みたいな真似はやめときましょう。背景に何があろうと事件は事件。犯人を見つけだせば、刑事の仕事はそこまでですからね。」

 俳優、合図。サス?

俳優「古火田任三郎でした。」

 暗転。派手な音楽。

 明るく。役者全員舞台。

2号「本日はご来場、」

全員「ありがとうございました。」

2号「本日は劇団Yies第四回公演『こんなに平らな地球の隅で』へご来場頂き、誠にありがとうございした。舞台上僭越ながら役者及びスタッフの紹介を致します。」

 全員の紹介。次回公演告知?

2号「本日はご来場、」

全員「ありがとうございました。」

 暗転。曲フェード(?)

 明るく。

2号「お疲れさまでした。といっても、まだ次がありますんで、気は抜かない様。役者は休憩して下さい。ダメ出しは後で。スタッフも休憩行って下さい。照明は少し打ち合わせがあります。とにかくお疲れさまでした。」

 各自、ハケて行く。蜜柑もハケようとして、諜報が止める。舞台には二人だけ。

諜報「ちょっと。」

蜜柑「はい?」

諜報「あなた、最後の台詞被せてきたでしょ?」

蜜柑「最後の台詞?」

諜報「『だって…』」

蜜柑「あぁ、はい。」

諜報「どうして?」

蜜柑「え?」

諜報「あれは私の台詞よ。」

蜜柑「え?あぁ、そうでしたっけ?」

諜報「そうよ。」

蜜柑「あ…でも、良く無かったですか?」

諜報「あれは私の台詞なの!」

蜜柑「は…はい。」

諜報「…あなた、テレビ番組向けは何度目?」

蜜柑「初めてです。」

諜報「ふん、だったらもう少し先輩を敬ってみたらどう?」

蜜柑「…先輩は何回目なんですか?」

諜報「…初めてだけど。」

蜜柑「一緒じゃないですか。」

諜報「年の差よ!」

蜜柑「…それは確かに。」

諜報「何ですって!」

蜜柑「いえ何も。」

諜報「次の回…衣装に何かあっても知らないわよ。」

蜜柑「なっ!」

諜報「…だいたい、あの画鋲はどうなってるのかしら?」(小声)

蜜柑「画鋲?」

 蜜柑、靴を脱ぐ。足の裏に画鋲が刺さっている。

蜜柑「あぁ!」

諜報「気付け!」

蜜柑「酷いわ!」

諜報「ふふふ、誰しもが通る道よ。覚えてなさい!」

 諜報、去る。

蜜柑「痛い…。でも芝居中は全然気にならなかった。これって私の演技、」

 俳優、入ってくる。

俳優「画鋲が刺さってたのに気付かなかったんだって?鈍感もいい所だなぁ。わはは。」

 俳優、出ていく。

 徐々にサス?

蜜柑「…お芝居はどうして終わってしまうのでしょう?お芝居がずっと続けば、私はずっと役者でいられるのに。そうすればずっと、今月の電気代とか、週末までのレポートとか、役者間でのしがらみとかに気を使わなくて済むのに。どうして、どうしてお芝居は終わってしまうのでしょう?」

作者「大丈夫?」(入ってくる)

蜜柑「うわっ。」

2号「照明オッケーです。」(舞台外から)

 照明戻る。

蜜柑「聞いてたの?」

作者「全然。」

蜜柑「本当に?」

作者「うん。」

蜜柑「よかった。」

作者「それで、ずっと芝居が続いたらいいのに、って?」

蜜柑「すっかり聞いてるじゃないよ。」

作者「そんな事になったら食事はどうするんだい?睡眠は?」

蜜柑「芝居の中ですればいいじゃない。」

作者「そんな長い脚本書けないよ。少なくとも僕は。ただでさえ遅筆なのに。」

蜜柑「アドリブですればいいじゃない。」

作者「あんまり長いとお客さんのお尻が痛くなる。特に桟敷のお客さんは。」

蜜柑「お芝居はお客さんの為にあるの?」

作者「もちろん。お客様は神様です。」

蜜柑「そんな。私は私の為に、」

作者「じゃあこう考えてみればどうかな?この世界全てが君の舞台だと。君は常に役者で、今はテレビでの放映される様なある推理ものお芝居に出演する役者の役をやっていると。そうすれば周りにいる人全てがお客さんで、君はお芝居をずっと続けられる。」

蜜柑「…そうか。」

作者「夢だったんだろ?役者になるの。」

蜜柑「うん。」

作者「なら夢が覚めないように。」

蜜柑「分かったわ。次の回も頑張る。」

 作者、蜜柑、出ていく。

 2号、刺客、入ってくる。

2号「それから、音響の方のチェックがあって、また次の回が、」

刺客「ちょちょちょっと待って。」

2号「はい?」

刺客「その夢、どこまで続くの?」

2号「まだもうちょっとありますけど。」

刺客「もういいわ。」

2号「え?」

刺客「もういいわよ。」

2号「いえ、チーフ、問題はここからなんですけど。」

刺客「もういいってば。」

 俳優、入ってくる。

俳優「お疲れ。」

刺客「お疲れさまです。」

2号「サンキュー。」

俳優「…大丈夫なの?」

刺客「なんか、調子悪いんです。」

2号「そうですか?」

俳優「少し回路を見てみるか。」

2号「僕は正常ですよ。」

刺客「どうするんでしたっけ?まず腕立て五百回だったかしら。」

俳優「その前に、十五分程くすぐらなきゃいけなかっただろ。」

2号「正常ですって!」

刺客「じゃ、台形の求め方は?」

2号「(上底+下底)×高さ÷2」

俳優「『東海道中膝栗毛』を書いたのは?」

2号「二葉亭四迷。」

刺客「仏教の伝来は?」

2号「538年です。」

俳優「『ゲームセンター嵐』の必殺技を一つ。」

2号「炎のコマ!」

刺客「xLog(x)を微分すると?」

2号「log(x)+xです。」

俳優「合ってるの?」

刺客「分かりません。」

俳優「じゃあ『モーニング娘。』で一番可愛いのは?」

2号「なっち。」(即答)

 間。

俳優「やっぱり回路を見てみるか。」

2号「違います!違います!」

俳優「じゃあ誰?」

2号「…後藤真希です。」

 間。

俳優「やっぱり回路を見てみるか。」

2号「違います!違いますって!」

刺客「そう言えばこの子、夢まで見る様になったんですよ。」

俳優「本当か?」

2号「はい。お陰様で。」

俳優「どんな?」

2号「えぇとまず人がトイレで、」

諜報「きゃー!」

 諜報、部屋奥からよたよたと出てくる。

 サスペンスっぽい派手な音楽。

刺客「それは長いから、何か別のをやりなさい。」

 諜報、部屋から出ていく。

2号「じゃあ、先輩が出てくる夢を。」

俳優「見たのか?」

刺客「先輩の?」

2号「はい。…先輩はチーフからも先輩なんですか?」

刺客「…え?あ、そうよ。」

俳優「うん。彼女を勧誘してのは私だし、対組織組織の基礎を一から教え込んで処理班のチーフにしたのも私なんだ。」

2号「一から教え込む、ってちょっとエッチですね。」

刺客「あなたねぇ…。」

2号「で!話は戻るんですけど!」

刺客「切り返しが巧くなってるんじゃない?」

俳優「いいじゃないか。で、どんな夢を観たんだ?」

2号「それがですね。」

 間。

2号「先輩、僕どうしても出来ません。」

俳優「何故だ。簡単な事じゃないか。」

2号「僕にもう一度基本を、漫才の基本を教えて下さい。」

俳優「…いいだろう。」

 間。

俳優「漫才のはじまりは『どうもー、こんにちわー!』だ。」

2号「はい。」

俳優「繋ぎは『なんでやねん!』だ。」

2号「はい。」

俳優「閉めは『やめさせてもらうわ!』だ。」

2号「はい。」

俳優「漫才はこれだけで出来る。」

2号「本当ですか?」

俳優「本当だとも。いくぞ。」

 間。

2号・俳優「どうもー、こんにちわー!」

俳優「南春男でございます。」

2号「なんでやねん!やめさせてもらうわ!」

 間。

2号「本当だ!」

俳優「だろ!」

 間。

2号「という夢です。」

俳優「真理だ。」

刺客「…本当に大丈夫かしら?」

俳優「ま、少しデータの書き換えが必要だろ。ディスクシステムは君の家に?」

刺客「あります。ツインファミコンですけど。」

俳優「じゃ、何とか今週中に。」

刺客「分かりました。」

2号「ところで、先輩は夢を見ますか?」

俳優「ん?あぁ、見る方だよ。」

2号「どんな夢ですか?」

俳優「ややこしい夢かな。」

刺客「ややこしい?」

俳優「例えば昨日だと…。『はっはっは、内山理名は頂くぞ。』『助けて~』『くそぉ!待ってろ!』『どこだ!太陽の紋章はどこにある!』『小瓶のルースが騒いでる!』『こっちか!』『トォチャオ!』『もよもとはレベルが上がった!』『シリュウ…』『よくぞここまで来たな、セシルよ。』『オラに、オラに力を与えておくれ!』『まさか…こんなはずでは!ぐわわぁぁ!』『ありがとう、ノリダー、これで地球に平和が戻ったわ』…なぁんだ、夢か。『おはようございます。昨日はお楽しみでしたね』『そうか!ロトの腰掛けは!』」

刺客「先輩…。」

俳優「はい?」

刺客「もういいですか?」

俳優「あぁ、ナイスアシスト。そろそろ止めて欲しかったんだ。」

2号「失礼ですが先輩、内山理名が好きなんですか?」

俳優「内山理名好きの何処が失礼なんだ!」

 間。

2号「僕もです。」(握手)

俳優「よし。」(抱擁)

刺客「頭痛い…。」

2号「オイル切れですか?」

刺客「もう黙ってて。」

2号「ジョークですよ、はい、頭痛薬。」

刺客「性悪ね。」

2号「バファリンの半分はパブロンで出来てるんですってね。」

刺客「…誰が言ったのよ、そんな頭悪そうな事。」

2号「え?」

 2号、俳優を見る。

俳優「と、ところで、君は夢を見る方かな?」

刺客「私は…」

2号「ホモの二人組に」

刺客「あまり夢は見ない方ですね。」(大声)

俳優「そうか。」

2号「そうなんですか?」

刺客「そうよ。アップデートしておきなさい。」

2号「分かりました。」

 2号、しばらく怪しい動きでアップデート作業を行う。

俳優「しかし考えてみれば、君の普段の生活をほとんど知らないな。」

刺客「我々は秘密組織の一員だという事を常に頭に入れておけ、と教えてくれたのはあたなですよ。」

俳優「確かに。あの頃の君は可愛かったよ。」

刺客「…あの頃だけですか?」

俳優「いや、もちろん今も。…それにしても僕は君の事を知らなさ過ぎると思うんだが。」

刺客「そうですか?」

俳優「あぁ。」

刺客「知りたいんですか?」

俳優「うん。」

刺客「…そうですか。」

俳優「いけないかい?」

刺客「しかし情報の機密が…。」

俳優「もう少し頭を柔らかくしなよ。君と僕の仲だろ。」

刺客「君と僕…。」

俳優「ダメかな?」

刺客「いえ!ダメなんて事は。」

俳優「じゃ、趣味から。」

刺客「…特にないです。」

俳優「好きなテレビ番組。」

刺客「最近はあまり見てないですけど…はなきんデータランドかな。」

俳優「好きなミュージシャン。」

刺客「プリンスと井上陽水です。」

俳優「スリーサイズは?」

刺客「へ?」

俳優「ジョークだよ。暇な時は何してる?」

刺客「仕事でしょうか。」

俳優「毎日は楽しい?」

刺客「別に…同じ様な毎日の繰り返しです。」

俳優「暗いな。」

刺客「そうですか?」

俳優「明るくなる時ってある?」

刺客「井上陽水のベストアルバムが出ましたよね?」

俳優「あぁ。」

刺客「あれを聞いている時は割とご機嫌です。『都会では自殺する~』なんて。」

俳優「本当に暗いな。」

2号「ピー。シンタックス・エラー。コマンドまたはファイル名が違います。」

刺客「またこれだわ。リセットさせなきゃ。」

2号「エラーコード31:とっておきの道家思想。つまり我々は夢の中を彷徨う犬ではないか。時には蝶となり、蝶の時を送る。蝶は夢で花となり、花は夢で朝露となり、朝露は海へと流れ、空へと消える。何故ならば我々は我々であり、我々ではないからだ。」(呟く)

刺客「中国哲学のあたりでフリーズしてるみたいですね。…手伝ってくれますか?」

俳優「あ、あぁもちろん。」

 俳優と刺客、2号を抱えて外へ。

 諜報、マスクを被って入場。

諜報「…終わったわ。対組織運動の二番を三回。」

諜報「あー、こんな人生やり直したい!」

新人「やり直せばいいじゃないか。」

諜報「五年前のクリスマス雨の降る長崎で私に『結婚しよう』なんて言っておいて持参金までちゃっかり懐に入れておきながら結婚式の日に姿を見せず以来一度も連絡も無かったくせに先月突然『結婚しました』なんて手紙を送ってきたあなたがどうして今ここに?!?」

新人「説明台詞ありがとう。戻ってきたよ、君の為に。」

諜報「今更信じないわ。」

新人「やり直したいんだろ?そう言ったじゃないか。」

諜報「もう騙されない。」

新人「騙されてるのは君の方だよ。こんな秘密組織ごっこに興じて。」

諜報「でも私には特別な任務が…。」

新人「特別な任務?こんな複雑に入り組んだ現代社会に鋭いメスを入れ、様々な謎や疑問を徹底解明する対組織組織なんて辞めてしまえばいいんだ。」

 間。

新人「やり直したいんだ、君ともう一度。」

諜報「私…。」(目を閉じる)

 間。

諜報「…あぁ、そうよ、これを待っていたの、あぁ、凄い、そう、あぁ。」(徐々に素)

 間。

諜報「なんて妄想にかまけている場合ではない!}(目を開く)

 音楽をかける。宇多田ヒカル。

諜報「彼女といい椎名林檎といい…組織がバックアップについたミュージシャンって、やっぱりいいし、売れてるわよね…。」

 間。

諜報「対組織組織プロデュースの倉木麻衣と矢井田瞳が売れてない訳じゃないんだけどさ…。」

 座り込んで煙草を取り出す。口にくわえ、火をつけようとした所でチャイム。

 諜報、慌てて曲を消す。

諜報「…はい。」

 拳銃を取りだして後手に。

 もう一度チャイム。息を呑んで、諜報、ドアを開ける。

 ドアの向こうにはボス。両手一杯の荷物を抱えている。

ボス「うわぁ!」

諜報「あ、お帰りなさい。」

ボス「あの…あの…あの?」

諜報「はい?」

ボス「対組織組織本部はこちらでしょうか?」

諜報「何言ってるんですか?」

ボス「ごめんなさい、間違えましたね。」

諜報「はい?」

ボス「もういいんです。もうこんな仕事。」

諜報「上がって下さいよ。」

ボス「いやだ、殺される!」

諜報「いい加減にして下さいよ、もう…。」

 諜報、マスクに気付いて脱ぐ。

諜報「どうしましたか?」

 間。

諜報「ねぇ、ボス?」

 間。ボス、部屋に入る。

諜報「ボス、結構慌ててましたね。」

ボス「…対組織運動の三番をやってらっしゃい。」

諜報「はい?」

ボス「対組織運動の三番よ!」

諜報「…さ、三番ですか?」

ボス「そうよ。」

諜報「でも、あれをやるにはラッキィ池田が。」

ボス「捕まえてらっしゃい。」

諜報「牛乳プリンも山の様に。」

ボス「買えばいいじゃない。」

諜報「京大のA号館が全壊しますけど。」

ボス「どうせ取り壊すわよ。」

諜報「そうなんですか?」

ボス「知らなかったの?」

諜報「えぇ、そうかぁ、A号館がねぇ。うん、うん。」

 間。

諜報「あ、ボス、コーヒー入れましょうか?」

ボス「いいわね。頂戴。」

諜報「ブラックですよね?」

ボス「うん。」

 落ち着く二人。ボスは新聞など読み始める。

諜報「最近どうですか、ボス?」

ボス「うーん、まぁまぁねぇ。」

諜報「そうですか。」

 間。

ボス「もう一杯貰える?」

諜報「あ、はい。」

ボス「って、誤魔化せると思ってるの!」

諜報「うわぁ!」

ボス「いい?対組織運動の三番よ。」

諜報「…分かりました。行ってきます。」

 諜報、部屋を出ていく。

諜報「いままで、ありがとうございました。」

ボス「楽しかったわ。」

諜報「お元気で。」

ボス「あなたこそ。」

 諜報、去る。

 ボス、くつろぐ。

ボス「…惜しい人を亡くしたわね。」

 再びチャイム。

ボス「…やはり怖じ気づいたか。」

 ボス、拳銃を持つ。

 チャイム。

 ドアを開ける。拳銃をつきつけて。

ボス「必ずやり遂げてらっしゃい!」

 間。ドアの向こうには新人。おみやげを持っている。

新人「…あの、その。」

ボス「あれ?」

新人「…えぇと、いわゆる一つの。」

ボス「誰?」

新人「…先日、ここに越して来た者です。」

ボス「ここ?隣?下?」

新人「隣ですけど。」

ボス「あぁ。うん。そうなんだ。開かずの間の方じゃないのね。」

新人「はい?」

ボス「いやいや、こっちの話ね。なぁんだ、間違えちゃったわ。」

 ボス、拳銃を引っ込める。

新人「えぇと、では、私は。」

ボス「何の用?」

新人「はい?」

ボス「用も無いのにウチに来たの?」

新人「…要するに、挨拶です。」

ボス「挨拶。」

新人「えぇ、では、」

ボス「それは?」

新人「はい?」

 間。

新人「あ、これ、つまらないものですけど。」

 新人、包みをボスに渡す。

ボス「あら、どうもご丁寧に。…何?」

新人「あ…赤穂浪士トランプです?」

ボス「赤穂浪士?」

新人「ジョーカーは吉良上野の助なんですよ。」

ボス「へぇー。」

 間。

新人「えぇと、それじゃあ、その、」

ボス「折角ですから上がっていきます?」

新人「え?いえ、そんな。」

ボス「お茶でも入れますから。」

新人「あ、えぇと、少し用事も、」

ボス「…お茶あったわよねぇ。」

 ボス、拳銃を振り回しながら。

ボス「ね、上がって行きなさい。」

新人「は、はい、ではえ、遠慮なく。」

 新人、座る。

ボス「あのね、」

新人「はい。」

ボス「今から幾つか質問させて貰うけど、気を悪くしないでね。」

新人「はい?」

ボス「ここに来た人間は必ず通る道だから。」

新人「わ、分かりました。」

ボス「…野球は好きかしら?」

新人「え、えぇと…まぁ人並みには。」

ボス「どこのファン?」

新人「ホエールズです。」

 間。

ボス「…ホエールズ、ね。」

 書き留める。

ボス「じゃあサッカーは好きかしら?」

新人「は、はい。まぁ、あんまり詳しくはないですけど。」

ボス「どこのファン?」

新人「コロンビアです。」

ボス「…コロンビア?」

新人「え、えぇ。イ、イギータのファンなんです。」

ボス「イギータ?」

新人「知りませんか?こう、超攻撃的ゴールキー、」

ボス「コロンビアね。」

新人「え、えぇ。」

 書き留める。

ボス「次は芸能問題ね。」

新人「は、はい。」

ボス「TOKIOで誰が一番カッコイイと思う?」

新人「…沢田研二ですか?」

ボス「沢田研二ね…。」

 書き留める。

ボス「じゃあV6だと誰?」

新人「アマゾンです。」

ボス「…あなた幾つよ?」

新人「17になったばかりです。」

ボス「サバ読んでるでしょ。」

新人「いいえ、全然。」

ボス「…分かったわ、アマゾンね。」

 書き留める。ボス、しばし考える。

 間。

ボス「どうやら組織の人間ではない様ね。」

新人「はい?」

ボス「いいえ、こっちの話よ。」

新人「組織って何ですか?」

ボス「あなたには関係の無い話よ。」

新人「組織って例えば『…なお、このテープは自動的に消滅する。』とかの組織ですか?」

ボス「それは『スパイ大作戦』でしょ。ただのフィクションよ。」

新人「じゃあ、」

 新人、煙草(マルボロ)を取り出して、吸う真似。

 ひとしきり吸うと、床に捨てて、踏む。

新人「『ここまでよくやったよ。だが我々の『コロニー計画』はもう君の手の届かない所まで来てしまっているのだ、モルダーくん。』…とかの組織ですか?」

 間。

新人「あれ?」

ボス「…あなた、どうして『コロニー計画』を知ってるの?」

新人「え?あ、まぁシーズン・シックスまで全部見てますから。」

ボス「…信じられない。組織の情報がこんな一般に漏れているなんて。」

新人「いや、映画になってから以降はあまり詳しく無いですけど。」

ボス「あなた、少し協力してもらうわ。」

新人「その、僕にも少し用事が。」

 ボス、拳銃を見せながら。

ボス「今あなたが言った『コロニー計画』を闇で進める悪の組織に闇で戦いを挑んでいるのが我々『対組織組織』なのよ。我々に、協力、してくれるわよね?」

新人「は…はい。」

 暗転。

 すぐ明るく。

 酔っぱらっている新人とボス、トランプでババ抜きをやっている。

ボス「最初はさぁ、ウチの旦那が入会して、私を勧誘してきたのね。それで私もここの一員になったんだけど、当の旦那は今何やってると思う?」

新人「何ですか?」

ボス「『対組織組織に対抗する地元民の会』会長」

新人「わははは。」

ボス「元気してるのかなぁ、あの人。」

新人「まぁ、竹があれば槍を作れ、って事ですよね。」

ボス「ねぇ、」

新人「はい。」

ボス「このトランプ、ハートのエースが無い気がするんだけど。」

新人「まぁ、赤穂浪士トランプですから。」

ボス「だから?」

新人「五枚ほど初めから少ないんですよ。」

ボス「使えないわね。」

 ボス、カードを投げつける。

 新人の携帯電話が鳴る。

新人「あ、ちょっといいですか?」

ボス「どうぞ。」

新人「おー、彼女帰ってきた?まだ?二人で食べてよ、八つ橋。うん。大丈夫。引越はもう終わったよ。今?君ん家の…斜め上だね。」

 俳優、部屋に戻ってくる。

俳優「只今戻りました。」

ボス「おつかれさま。」

新人「そうかぁ。大変だねぇ。でも公演も近いんだろ?頑張れよ。」

俳優「彼は?」

ボス「隣に引っ越して来た人みたい。」

新人「あれから?あれからこっちはね、他の部屋に挨拶にいったんだけど、なんかね『対組織組織』とか言う人達に拉致監禁されてる。」

俳優「いいんですか?」

ボス「何が?」

新人「そう、凄いの。未だに地球は平らだって信じてるし。浜崎あゆみが売れるのは『組織』のプロパガンダだって言うし。」

ボス「プロパガンダって?」

俳優「インターネットに接続する時の中継点です。」

ボス「なるほどぉ。」

新人「違う違う。組織っていうのが別にあって、そこと戦ってるのが今いる『対組織組織』なの。」

ボス「あぁ、これ、彼のお土産だって。」

俳優「赤穂…組織の世界本部がある所ですな。」

ボス「でも欲しかった所なのよ、トランプ。」

新人「そうそう。分かった?…あ、これネタにしなよ、その十二月の公演用にさ。ネタ不足なんでしょ?面白いと思うよ、たぶんだけど。絶対いいって。」

俳優「ちょっといいですか?」(小声)

ボス「何?」

新人「分かったよ。じゃ、書けたらまた教えて。さっきのネタ使うんならクレジットに載せてよ。うん、またね。」

俳優「彼は我々の同胞なのですか?」(小声)

ボス「同胞?」

新人「まさかぁ。僕は火星人の存在なんて信じませんよ。わははは。」

俳優「どうして我々の『マーズ・アタック』計画を?」

ボス「さっき少し口が滑ってさぁ。わははは。」

俳優「なんて事だ!極秘情報が漏れているとは!早く彼を処理しないと!」

 暗転。

 すぐ明るく。

 酔っぱらっている三人。トランプでインディアン・ポーカーをやっている。

俳優「何より最初は深夜番組のスポンサーをやっていたのが魅力でしてねぇ。ここのお陰でメディア関係の有力者ともコネクションが出来ましたし、おかげさまで今では少し顔も売れました。」

新人「おめでとう。」

俳優「ありがとうございます。来週、推理ドラマもやりますんで。」

新人「ところで幾つか聞きたい事があるんですけど。」

ボス「何でも聞いてちょんまげ。」

俳優「わははは。」

新人「対組織組織って天動説を信じてるんですよねぇ。」

ボス「そう。地動説は組織によって吹き込まれた妄想よ。だって、本当に地球が回っているんだとしたら、どうして私達は目を回さずに暮らしていけるの?だいたい、天動説の方がカッコイイじゃない。」

新人「それから地球は平らだと信じてるんですよねぇ。」

俳優「あぁ、地図の通りだ。」

新人「地図?」

俳優「これだよ。」

 俳優、世界地図を見せる。

俳優「平らだろ?」

新人「なるほど。でもじゃあこの先は何なんですかね?」

俳優「滝だよ。」

新人「その先は?」

ボス「霧で見えない。」

新人「この下は?」

俳優「九頭の象が支えている。」

新人「ぞう?」

ボス「ぞうよ。」

新人「象の下は?」

ボス「大きな亀。」

新人「亀の下は?」

俳優「亀はとてつもなく大きいんだ。」

ボス「だから亀の下なんて無いのよ。」

新人「それってちょっとひどくないですか?」

俳優「何がだ!」

ボス「まぁでも、まだ我々の知らない世界がこの世には存在する、って事よね。」

新人「そうなるんですか。」

ボス「あなたは地球は丸いと思う?」

新人「もちろん。」

ボス「実際に宇宙に出て見た事ある?」

新人「まさか。」

ボス「じゃあどうして信じるの?」

新人「それは、まぁ写真や、」

俳優「それが組織の陰謀なんだ!」

新人「はぁ。」

ボス「じゃあ地球は丸いとして、宇宙の向こうには何があるの?」

新人「宇宙は急速に膨張していてですね、」

ボス「だから、その先よ。」

新人「…外宇宙。」

俳優「わははは。」

新人「…なんか、どっかで間違えたかなぁ。」

ボス「ふふふ。じゃあビッグバン以前は?宇宙が出来る前にはそこに何があったの?」

新人「…。」

ボス「我々の知らない世界がこの世には存在する、って事よね。」

新人「それは認めますけどね。」

ボス「地球が丸かろうと平らだろうとどうせ分からない事があるんだったら、好きな方を選んでもいいと思うのよね。だって、ロマンティックじゃない?どこから見ても同じの、まんまると違って、地球は平らだ、って信じるのって。平らな地球の上で、ご飯食べて、寝て、笑って、生活してるって考えるのってね。」

 間。

 刺客、入ってくる。

刺客「おはようございます。」

ボス「おはよう。」

刺客「この人は?」

俳優「新入りだ。」

新人「どうも。」

刺客「そうなんですか。」

ボス「あぁ、これ、今日の処分者リストね。」

刺客「はい。」

ボス「また増えてるけど、頑張ってね。」

刺客「…本当に多いですね。」

ボス「だから、頑張って頂戴。」

俳優「任せたよ。」

刺客「…一つ、意見があるのですが。」

ボス「何?」

刺客「申し上げにくい事なのですけども。」

ボス「じゃ、やめなさい。」

刺客「…内部にスパイがいる可能性を少し考慮すべきではないでしょうか?」

俳優「なんだって?」

ボス「またその話?」

刺客「毎日毎日、これだけ新しく情報の漏れが見つかるのはどう考えても不自然です。それも作家、ジャーナリスト、雑誌編集者にテレビ番組のプロデューサーといった人間ばかり…。」

ボス「でもあなたはそういった人間を残さず処分してきたでしょう?」

刺客「毎日毎日、任務の事ばかり考えてやってきました。でも、これ以上任務が増える様では限界です。」

俳優「だからコック長だったあいつを君のパートナーへと転属させてやったじゃないか。」

刺客「彼はよくやってますが…。」

 2号、慌てて入ってくる。

2号「悪い知らせが!チーフ、大変なんです!ここにもス」

 ボス、撃つ。

2号「あう。」

 2号、倒れる。

新人「…これって、何かの芝居?」

ボス「悪い知らせは聞かない主義なのよ。」

刺客「…また修理が。」

新人「修理?」

俳優「彼はアンドロイドだ。」

新人「人間じゃないんですか?」

俳優「アンドロイドだって人間だろう。私達だって見方によれば、こいつみたいにプログ

ラム通りに動いているだけなのかもしれないしな。」

新人「悪い冗談を。」

刺客「だいたい、何の知らせかぐらいは聞いても良かったでしょう。」

ボス「一度やってみたかったのよ、こういうの。」

新人「一度って…。」

俳優「ボスは手段の為なら目的を選ばない男だからな。」

ボス「誰が男だって?」

新人「それ以前に言い回しの問題があると思うのですけども。」

ボス「あなたは黙ってらっしゃい。」

刺客「とにかく私、修理をしてきます。何か本当に急用だと困りますから。」

俳優「ご苦労さま。」

刺客「ただ最後に一つだけ言わせてもらうと、やはり情報規制をもっとちゃんと行うべきです。我々は秘密組織の人間なのですから。」

ボス「あなたに言われる間でも無い事だわ。」

刺客「そして内部のスパイは徹底的に捜し出して処理すべきです。」

俳優「誰が、どうやって?」

刺客「よければ私が、尋問の訓練は済ませています。」

ボス「そういうあなたがスパイだという可能性は?全くのゼロなのかしら?」

刺客「…私は。」

ボス「分かったら無駄な事を考えず、彼を修理してやりなさい。そしてつべこべ言わず処理を行うのよ。処理すべき人間は内部以前に外部にも沢山いるでしょう?」

 刺客、出ていこうとする。

 諜報、慌てて入ってくる。

諜報「ボス!大変です!」

 間。

諜報「え?」

新人「(諜報役者の下の名前)?」

諜報「…こんな所で何してるの?」

新人「いや、隣に引っ越してきたんだけど。」

 以下、諜報と新人は何やら雰囲気を持って。照明も?

諜報「そうなんだ…久しぶりね。」

新人「あぁ。」

諜報「奥さんは元気?」

ボス「奥さん?」

新人「まぁな。」

諜報「お子さんは?」

新人「16になったよ。」

俳優「君幾つ?」

諜報「あの事はまだ話してないの?」

新人「…君には悪い事をしたと思ってる。」

諜報「今更謝らないでよ!」

新人「だけど…あの時の僕にはあぁするしかなかったんだ。」

諜報「あなたが、あなたが彼女と別れるって言うから…。」

刺客「ちょっといいかしら?」

新人「はい?」

刺客「あなたじゃなくて。」

諜報「私…?」

刺客「入ってきた時、大変です、って言ってたわよね。何がなの?まずそれを教えて。」

諜報「あ…。」

 間。

諜報「そうなんです!ボス!大変なんです!私達二人がスパイだと言う事がバレて明日発売のフライデーに!」

 間。

諜報「あれ?」

 間。

諜報「およびでない?」

 間。

諜報「こりゃまた失礼…。」

 ボス、諜報を撃つ。

 諜報、倒れる。

新人「…か、彼女もアンドロイド?」

俳優「いや。」

 間。

刺客「あなただったんですか、ボス?」

ボス「隠し事って出来ないものね。」

刺客「どうしてですか?」

 間。

刺客「どうしてなんですか、ボス!」

ボス「寂しいと思った事は無い?」

刺客「何がですか?」

ボス「私達は組織による妄想に世間が騙されない様に日々活動しているのよ。オゾン層の話題がいつの間にかお茶の間に上らなくなったのも、つまらないバラエティ番組が三ヶ月で終わるのも、みんな我々の活動の成果だわ。」

刺客「それで?」

ボス「なのに誰も私達を祝福してくれない、誉めてくれないのよ?何をやっても『よくやったね』って言われないのよ。そういうのって、凄く寂しくないかしら?」

俳優「それで…。」

ボス「そうよ。私達の活躍が少しでも取り上げて貰えるように、私が彼女に指示して、故意に一部の情報を各種メディアの関係者に流したのよ。」

刺客「…ボス、私達は、秘密組織の一員なんです。」

ボス「そんな決まり切った事を今更言わないで!」

刺客「あなたの気持ちは分かります。でも、それは違うんです。私達は誰かに誉められる為に活動している訳じゃないんです。」

ボス「じゃあ何の為だっていうのよ。」

刺客「私達は、私達の未来の為に活動しているのです。」

ボス「…はははは!」

刺客「何が可笑しいんですか?」

ボス「あなたは幸せね。毎日毎日数え切れない程の処理を行って、激務に身を置く事で物事を忘れていられるのでしょう。羨ましいわ。」

刺客「私は、組織の為に…。」

ボス「…そうだったわね。ふふ。」

新人「あの、僕はどうすれば…。」

 ボス、新人を撃つ。

ボス「これでいいのよね?こういう風に極秘情報を握っている人間は処理すればいいのでしょう?」

刺客「お願いです、ボス。正気を取り戻して下さい。」

ボス「私は正気よ!初めから、最後まで!」

 間。

ボス「あなたはどうなのよ?」

俳優「…この前の芝居の時に競演した女優さんが可愛くってね、」

ボス「それで?」

俳優「お陰で少しだけ自慢をしたくなってしまいましたよ。『地球は本当は平らなんだよ、僕らは秘密組織はそれを知らしめる為に日夜戦っているんだ』って。」

刺客「…そう言ったんですか?先輩が?」

俳優「あぁ。」

刺客「終わりだわ。」

俳優「…君は寂しくないのかい?」

刺客「寂しいわよ!だからこうして働いているんでしょう?」

 間。

ボス「とにかく、この茶番劇を終わらせましょうか。」

 刺客、ボスを撃つ。ボス、倒れる。

俳優「なっ。」

刺客「さっきの話は本当ですか?」

俳優「…何がだ。」

刺客「我々の秘密を漏らしたという話です。」

俳優「…本当だよ。」

刺客「どうしてですか?」

俳優「何が。」

刺客「機密保持が最も重要な仕事だと教えてくれたのはあなたじゃないですか!」

俳優「…。」

刺客「あなたが教えてくれた通りに、私は仕事をしたのに。」

俳優「…君だって、何か別の目的があったんだろう?」

刺客「…どういう事ですか?」

俳優「つまり、まさか本気であんな組織とか天動説とかを信じてる訳じゃないんだろう?」

刺客「…そんな。」

俳優「私は俳優として有名になりたかった。そしてここの資金力に目を付けた。世の中には社会で成功しているのにこういう意味不明な宗教に走る人間が多い。…私は望み通り力を得て、俳優として成功しつつある。」

 間。

俳優「君だって同じなんだろう?何か狙いがあったんだろう?組織なんかとは関係ない、不純な動機が。」

 刺客、俳優を撃つ。俳優、倒れる。

 間。

刺客「不純な動機…。」

 間。

刺客「寂しいのは皆同じ、ね。」

 刺客、コンポの電源をオン。

 2号、立ち上がる。

2号「…大丈夫ですか?」

刺客「…あなたこそ、大丈夫?」

2号「えぇ…百万馬力ですから。」

刺客「そう。それは何よりね。」

2号「…どうしますか?」

刺客「…夢の話。」

2号「はい?」

刺客「あなたが話してくれたあの夢の話、続きがあるのよね。」

2号「え?あぁ、はい。」

刺客「聞かせて。」

2号「でも、」

刺客「芝居は終わったけど、その後が問題なのよね。」

2号「そうです。」

刺客「聞かせて。」

2号「…どうすれば、」

刺客「聞かせて、って言ってるでしょう!」

 間。

刺客「ごめんなさい。」

2号「いえ…分かりました。」

 間。

2号「芝居は一度終わったのですが、まだ同日に次の回があります。お話はその少し前から…。」

 暗転。

 明るく。舞台には俳優、蜜柑。

2号「五分前です!」(袖から)

俳優「この地球が平らだって言ったら信じる?」

蜜柑「まさか。」

俳優「でもそうなんだよ。」

蜜柑「下手なジョークですね。」

俳優「そうかな?でも実際の話、私達がいるからこの地球は平和なんだよ。」

蜜柑「『精鋭部隊ミレンジャー!』みたい。」

俳優「ミレンジャーを知ってるの?」

蜜柑「えぇ、あの毎週毎週一人ずつ死んでいく戦隊ものですよね、シジュウクレンジャーからサンジュウニレンジャー、ジュウレンジャーを経て最後は三人になっちゃう…。実家にいる時はよく見てました。」

俳優「私、あれのモスグリーンなんですよ。」

蜜柑「嘘?」

俳優「本当です。」

蜜柑「…世界って狭いですね。」

俳優「まぁ、ほんとの隅っこに生きてるからね…。」

蜜柑「そうなんですか?」

俳優「うん、いや、本当に。こう地図があったら、京都ってのはこのへんなの。」

蜜柑「じゃあ東京とかは…?」

俳優「それが今研究中なんだけど、ここらへんに多分ワームホールがあって。」

蜜柑「…面白いですね。」

俳優「まぁね、役者だから面白い事言わないと。」

蜜柑「私も役者ですよ。」

俳優「それはもちろん。」

蜜柑「そうじゃなくって、今も役者なんです。」

俳優「ん?」

蜜柑「私は生まれた時から、ずっと役者だったんだって、さっき分かったんですよ。」

俳優「それはそれは。」

 諜報、入ってくる。

諜報「お喋り、楽しそうね。」

蜜柑「えぇ。」

諜報「若い子って本当に懲りないわ。」

蜜柑「ありがとうございます。」

俳優「はは。」

諜報「誉めてないわよ。」

 2号、作者、入ってくる。

2号「はーい、そろそろ客入れ前です。役者さん衣装・メイク・小道具のチェックいいですか?」

全員「はーい。」(ばらばらに)

2号「それじゃ、次も気を抜かずに。よろしくお願いしまーす。」

全員「お願いしまーす。」

作者「頑張ってよ。」

蜜柑「もちろん。」

2号「それじゃ役者はハケて。照明さん、暗転して下さい。」

 暗転。

2号「客入れ始めます。」

 明るく。

 舞台に作者入ってくる。

 

作者「本日は劇団Yies第四回公演『こんなに平らな地球の隅で』へご来場頂き、誠にありがとうございます。まもなく開演致しますが、それに先立ちまして幾つかのお願い事がございます。一つ目。携帯電話やPHSや、ポケットベル等をお持ちの方は、上演中に着メロが鳴りますと例え最新のポップスでも古い演歌でもお客様の集中をそちらへと向かせてしまい、本公演の劇作者、つまり私に大変な不安感を与える事になりますので、バイブモードにする様な逃げの一手もやめ、電源は必ず切って頂く様お願いします。また、ないとは思いますが上演中の写真撮影は、将来大物になった際に写真週刊誌のお世話になりたくないという当劇団役者(誰か希望の人の名前)の意向で全面的に禁止致します。最後に、劇場内での飲食・喫煙はご遠慮願います。…前口上が長くなりました。開演は定刻通り(開演時間)を予定しています。ごゆっくり、お楽しみ下さい。」

 

 作者、そのまま舞台でくつろぎ、机の上の八つ橋を食べる。

 開演時間。

 蜜柑、入ってくる。

蜜柑「ただいま。」

作者「お帰り。」

蜜柑「先帰るんならそう言ってよね。」

作者「ごめんごめん。遅くなりそうだったから、さ。」

蜜柑「何してるの?」

作者「ソリティア。」

蜜柑「持ってたっけ?トランプ。」

作者「上の部屋、空いてたでしょ?」

蜜柑「うん。」

作者「友達が越してきたんだ。それで、お近づきの印に、って。」

蜜柑「変なの。」

作者「変な奴なんだよ…。ま、それはともかくお疲れさま。」

蜜柑「うん…本当に疲れた。慣れない仕事をするとね。」

作者「芝居をテレビでやるのはね…最近あまりないから。」

蜜柑「そういう意味では有り難い話なんだけど。」

作者「あれからずっと打ち合わせだったの?」

蜜柑「そう。そっちは?」

作者「こっちはこっちで色々と。」

蜜柑「あれ?ごろごろしてただけなんじゃないの?」

作者「失礼な。」

 作者、脚本を取り出す。

蜜柑「何それ?」

作者「さっき、出ていく前にも言ったよ。」

蜜柑「本当に?」

作者「うん。二度目。」

蜜柑「そうだっけ?で、何それ?」

作者「…今度の脚本。」

蜜柑「書けたんだ!」

作者「だからそう言ってるでしょうが。」

蜜柑「でも昨日までネタが無いって言ってたのに。」

作者「いいネタが入ったんだよ。」

蜜柑「それはおめでとう。」

作者「ありがとう。」

蜜柑「面白い?」

作者「もちろん。」

蜜柑「ならいいけど。」

作者「疑ってるの?」

蜜柑「そうじゃないけど…こないだのは、ね。」

作者「だから、あれは演出家が勝手に書き換えたんだって。」

蜜柑「それは知ってるけど。今度は大丈夫なの?その演出家。」

作者「分からない。」

蜜柑「不安だね。」

作者「まぁね。」

蜜柑「私も何時まで芝居続けられるんだろ…。いや、これはもういいや。」

作者「何って?」

蜜柑「うん、こっちの話。」

作者「何よ。」

蜜柑「そんな事よりさ…私の事好き?」

作者「随分唐突だね。」

蜜柑「唐突な展開が好きなんでしょ?」

作者「まぁね。」

蜜柑「グラタン皿の端っこに残ったカリカリのチーズとどっちが好き?」

作者「プレスリーにおけるドーナツより好きだよ。」

蜜柑「…ふむ、良いでしょう。」

 蜜柑、何となく脚本を手に取る。

蜜柑「…『こんなに平らな地球の隅で』って、これがタイトル?」

作者「うん。」

蜜柑「どんな話?」

作者「読めば分かるよ。」

蜜柑「教えてくれたっていいじゃない。どういう風に始まるのよ?」

作者「ん…まぁ、普通の感じだよ。」

蜜柑「普通って?」

作者「こんな感じのワンルームで、こんな感じのカップルが喋っている所から始まるんだ。」

蜜柑「導入が弱いわね。」

作者「ほっとけ。」

蜜柑「それから?」

作者「それからね、まず家のチャイムが、」

 チャイム音。

蜜柑「誰だろ?」

作者「さぁ?」

 チャイム音。

蜜柑「はーい?」

 開けると男女二人組。男は2号。女は刺客。

蜜柑「どちら様?」

2号「手を挙げろ!動くんじゃねぇ!ゆっくり膝をつけ!そうだ!まっすぐ手を挙げて!九回裏に逆転満塁サヨナラホームランを打った駒田みたいに万歳しろ!そう!妙な素振りをすると俺の拳銃が火を吹くぜ!ライク・ファイアー、ファイアーぁぁぁ!(スティーヴィー・ワンダー風に)」

刺客「やめろ。」

2号「はい。」

蜜柑「…誰?」

 刺客、2号に目で合図。

2号「我々は日々世界を闇で操っている組織に日々闇で戦いを挑んでいる『対『組織』組織』だ。私は昨日付けで組織調理班から転属し処理班の一員になった…えぇと、名前はまだない者だ。そしてこちらは対組織組織処理班班長、つまり私のチーフ。要するにおおよそおおむねおおまかにいっても怪しいもんじゃない。」

作者「おおよそおおむねおおまかにいっても、ね。」

蜜柑「いきなりこんな事して、一体何の用なの?刺身につけるマヨネーズが無いなら貸してあげるわよ。」

2号「歯ごたえは許さん!」

刺客「2号、それを言うならば口答えだ…。」

 刺客、前に出て。

刺客「あなたも面白い人だ、お嬢さん。しかし何故あなたがこんな目に遭うのかは我々よりはむしろ、そこの、あなたの恋人の方がよく分かっているはずだよ。」

蜜柑「どういう事?何かやったの?」

作者「いや、心当たりがありすぎて分からない。」

刺客「…ならば教えよう。指令書によると、その男は我々『対組織組織』の情報をどこからか手に入れ、あろうことかそれを自分の脚本のネタにしてしまったそうじゃないか。お陰様で既に一部の情報は公の物になってしまった。…だが、これ以上は許さん。という訳で『対組織組織』処理班班長である私がお前の書いた物語の全データを頂きにやってきた。…ふむその脚本というのはこれかな?他にコピーは無いか?フロッピーディスクなどのデータもだ。」

蜜柑「…ねぇ、さっきの『いいネタ』って、その事なの?」

刺客「さぁ、時間はあまりない。分かったらいい加減に耳をそろえてもらって、この茶番劇を終わらせようじゃないか。」

 間。

作者「僕は、」

刺客「よく考えろ…返答次第では、お前には死んで貰う事になる。」

 間。

作者「分かった。データは全て渡す。」

蜜柑「…いいの?」

作者「仕方ないよ。こういう人達は断ったら殺されかねないからな…。」

刺客「お利口さんだ。」

作者「だが、一つだけ約束して欲しい事がある。」

刺客「なんだ?」

作者「もし僕が将来大物になって、劇作集を出版する事になったら…この作品を、この幻の長編作を、巻頭に掲載したい。…何年後になるか分からないけど、必ず。」

刺客「…知っているか?地球は平らなんだ。」

2号「チーフ?」

刺客「…ふふふ。いいだろう!こんなに平らな地球の隅で、夢を、淡い夢を追い続けるのも、悪い事ではない。」

 暗転。

 終わり。

 

2000/11/15

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この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。

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