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春休みの社交家

 安直なアカウント名に安直なパスワード。手元の紙切れに並ぶ文字とディスプレイで輝く文字を何度も比較する。間違いない。「パスワードはもう五年も変わっていない」と先輩は言った。「好きなようにやれよ」そう言って紙切れを僕に手渡したのだ。

 

 唾を飲んで、エンターキーを押す。応答なし。冷や汗が腋から落ちる。しかしそれを待っていたかのように、不意に処理が始まった。ハッキングは初めてじゃない。ただ、職員室のコンピュータを相手にするのは初めてだ。もっとも、ログインさえ済めば難しいことはない。ただ五年も前の型というだけだ。OSは未だビスタ。小学校に入ったころ、我が家にもビスタ搭載コンピュータがあった。

 

 幾つかのフォルダを開いて閉じる。望みのファイルはすぐに見つかった。来月のクラス分けを記した名簿だ。自分のコンピュータにコピー、それからログアウト。痕跡はなにもない。たぶん間違いなく。

 

 カーソルをアイコンに重ねる。深呼吸。ファイルを開く。そして検索。キーボードの上で指が慎重に動く。僕は二組にいた。上と下に並ぶ名前を確認していく。小田原、笠松、蒲田、木戸、財田、斉川、どうでもいい。友人は多くない。クラスが一緒になって喜び合うような親友はいない。重要なのは、彼女の名前があるかだ。

 

 あった。二組の一番最後に彼女の名前を見つけた。僕は小さくガッツポーズ。そして深く息を吐く。もし彼女と僕が同じクラスじゃなかったら、ハッキングも骨折り損だった。名簿を書き換えるわけにはいかない。コンピュータはバカでも、先生はそこまでバカじゃない。色々考えてはみたものの、もしそうなったら指を咥えて四月を迎えるしかなかったのだ。

 

 彼女と一年間同じ教室にいられる。その幸せが込み上げてきた。この二年は我慢だった。彼女の行動を記録、パターン化し、何度も偶然を装って会った。彼女と僕で共通の知り合いを抽出、いつも自然に彼女の近くに寄っては、彼女のオンラインプロフィールから類推しておいた、彼女が興味を持ちそうな話題を出した。何度かはうまくって、直接会話を交わすこともあった。でも、全ては短い休み時間のこと。授業中に出来るのは彼女を想うことだけ。休み時間だって毎日、他のクラスに顔を出すわけにもいかなかった。

 

「ずいぶんニヤニヤしているな」数日経った部活の日、財田にそう言われた。「春休みが終わるのがそんなに楽しみか」まあね、と僕は言った。「なぜ?」と財田。僕はべらべらと言った。ハッキングの手口、アカウントとパスワード、そうして得た秘密も。きっと、それだけ舞い上がっていたのだろう。「俺はさわやか三組か」財田は言った。「俺も今のうちに作戦を練っておかないとな」

 

 四月が近付く。僕ももちろん、毎日作戦を練っていた。名簿をもとにクラス内の人間関係を図示し、そこからの時系変化を予測するのが日課になった。優等生で外面のいい中林がクラスのハブであることは間違いない。女子だと鳥井が男女問わず人望がある。この二人と仲良くやれば、自然に彼女と近付く機会も増える。それが結論だった。一方、関わってはいけない面子もいる。難しいことはない。話しかける相手を考えればいいだけ。うまく立ち回ればいい。焦る必要はない。四月は様子を見守り、得られたコンピュータに登録して、更に予測精度を上げる。その結果が得られる五月が勝負だ。

 

 クラス分けは例年通り、始業式が行われる体育館前に張り出されていた。そこで新しいクラスを確認して中に入るのだ。そのまま中に入っても良かったが、一応見ることにする。何人かが歓声や野次をあげている。みんなが群がる一組を避けて二組へ。僕の名前はもちろんそこに、いや、なぜか、なかった。彼女の名前はあった。中林もいる。鳥井もいる。僕の名前がない。半分くらいの生徒が変わっていた。なぜ、と僕は呟いた。忘れられてしまったのだろうか。僕は自分を探した。僕は四組にいた。

 

「四組だったねえ」財田がいつの間にか隣にいた。「俺は二組になったよ。彼女と一緒だった」そう言って笑う財田の横に、彼女がいた。「これで三年連続同じクラスだ。偶然だねえ」ほんと偶然、と彼女は笑った。僕は財田を引き寄せて、小声で問うた。どうなってるんだと。「希望と違ったから書き換えたんだ」財田は小声で返した。そんな馬鹿な、と僕は言った。好きに書き換えられるわけがない。先生だって気付く。「そりゃあそうさ」財田は言った。「でも書き換えに気付いたら、先生はクラス分けをやり直すだろう?」

 

2008/03/20 - 2008/03/24

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このページにある全ての記述は、特に明記のない限りフィクションです。また著者である小関悠が個人の立場で書いたもので、所属する組織などの立場や意見を示すものではありません。
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