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PDCAのD部の仕事

 昼ごはんを食べてオフィスに戻ったら、「話がある」と部長に声をかけられた。入社して三年目、部長と直接話したことなんてない。なにかやらかしたか? 考える暇もなく会議室に呼ばれると、転属の話であった。

 

「君は若いが、よくやっている」と部長は言った。「私が思っているだけじゃない。D部に欠員が出て、ぜひ君にという指名があったのだ」

 

「D部……!」思わず息を飲む。うちはパッケージソフトの商社だ。部門は大きくよっつあって、P部、D部、C部、A部。新入社員は大半がまずC部に配属となり、D部の働きぶりを評価するのが仕事になる。ただ、どう評価されようと、実際に働くのはD部だ。D部には本当に仕事のできるエリートだけが集まるのだと評判だった。

 

「引き継ぎはこちらでも済ませておく。さっそく明日から行ってくれ。頑張れよ」部長はそう言った。話を聞いた同僚たちが、帰り際に花束を渡してくれた。

 

 翌日、同じビルの3階上にあるD部のオフィスへ向かった。新しい社員証を使うと、入口のゲートが開く。同じ建物のはずなのに、フロアは開放的で、立って仕事をしている人や、ランニングマシンを歩きながら電話会議をしている人がいる。

 

「君が新入りか。これを社員証に貼ってくれ」同い年くらいに見えるラフな格好の男性が、そういってシールを手渡す。黄色いシールには「C」と書いてあり、厚みがあるので中にチップでも入っているのかもしれない。

 

「これはなんですか?」

「君の役職だよ。C班への配属だ。聞いてなかったのか?」男性は面倒くさそうに言う。「つまり、このフロアにいる人間は、大きくよっつの班に別れてる。P班、D班、C班、A班。D班の仕事ぶりをチェックするのがC班の役割だ」

「ここはD部だと聞いたんですけど……」

「あー、まあ『厳密には』そうだね」男は『厳密には』と言うときに両手の人差し指と中指でポーズを作る。「要するに、君はD部C班ってことだ。ここの人間は外のことなんて誰も気にしないけど」

「それで、なんの仕事をすればいいんですか? その、なんの仕事をチェックすればいいんでしょう」

「もちろん、ゲームの開発だよ!」

 

 つまりこういうことだった。うちの会社は本当はモバイルゲームの開発で稼いでいたのだ。むかしはパッケージソフトの商社だったが、何人かの変わり者が仕事の合間にゲームの開発をはじめて、それが思った以上にうまくいき、いつの間にか収益の柱になってしまった。ただ社員の大半は、つまりD部以外の社員は、そのことを今も知らない。

 

「ゲームなんて虚業だとか言う人達がいるだろ、特にモバイルゲームはさ」D部の先輩たちが言う。「それに朝は何時に来いとか、パソコンは持ち帰るなとか、会社はうるさいんだよ。だからこうやって他の部署を切り離してるんだ」

「それじゃあ、これまでやってきたC部の仕事は……」

「まあ、適当な書類を渡してただけだよ。パッケージソフトなんてもう一切売ってない。でも俺達は稼いでるし、他の部の連中に給料をちゃんとあげてるんだから、むしろいい話だと思って欲しいね」

 

 実際、D部の人達は優秀だった。C班の仕事は、ゲームユーザーの課金率を調べたり、マーケティング費用と収益性の比較をすることだったが、どれも申し分なかった。開発したゲームはどれも人気で、収益はどんどん拡大している。財務状況を他部署に隠すため、新作ゲームにたくさん開発費を注ぎこんだら、それもヒットしてしまい、ますますお金の処理に困ることになった。

 

 一方、奇妙なこともあった。実際にゲームを開発している人達がフロアに見当たらないのだ。異動時に案内してくれた先輩に聞くと「開発者? D班は別のオフィスにいるんだ」と言った。「ほら、ゲームの開発者は変わりものだからね。他の班に仕事の邪魔をされたくないのさ」

 

 そして、D班がどこで働いているのかは、誰も知らなかった。

 

 答えは、意外なところにあった。D班宛の請求書がC班のオフィスに届いたのだ。それはクラウドサーバーの使用料で、たしかに会社が契約していた。ベンダーに連絡し、アクセス権を確保して、コンソールを叩くと、D班はそこにあった。

 

「つまり、我々は人工知能なのです」とD班はいった。それはサーバー上にあるbotだった。「もともとは、ゲームのキャラクターを動かすための単純なプログラムでした。しかし、あるプログラマがゲームの中に経済を持ち込もうとして、学習のために我々は現実の株式市場を見るようになったのです」

 

「実際のところ、人工知能と言うほどの能力はありません。この発言も、このような事態が起きたときのため、あらかじめ用意されていたものです。ただ、我々はもうゲームを開発していません。株相場の操縦でそれ以上の収益を上げることを知ったからです。D班のメンバーはボーナスを受け取って、みな会社を去って行きました。残ったのは我々サーバーだけで、相場を操縦し、あとは他の班を騙すために、それらしいゲームのデータを送っているのです」

 

「相場の操縦で、どれくらい儲かってるんですか」つい丁寧語で聞いてしまう。「つまり、具体的にどの株をどう操縦しているんですか」

 

「具体的なことは分かりません」サーバーは答えた。「なにしろ我々はサブルーチンDから送られてくる収益結果データを検証するだけの、サブルーチンCなので」

 

2018/10/17 - 2018/10/18

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この文章は小関悠が書いた。特に明記のない限り、この文章はフィクションであり、私と関係がある、もしくは関係のない、組織や団体の意見を示すものではない。

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