1.人体の冷凍保存/人工冬眠というのは色々なSFで使われているモチーフで、宇宙旅行に行くためとか原因不明の病を治すためとかに使わているけれども、実用化された際には、誰でも一度くらい何の意味もなく一年くらい冬眠してみるといいんじゃないかと思う。自分の社会的影響力(のなさ)を知る最高の機会ではないか。
2.手首が細いので腕時計が似合わないと嘆いている男の人のBlogを読んで、昨今の巨大化する腕時計のトレンドを自分が毛嫌いしている理由がようやく分かった。つまり自分に似合わないから嫌いなのだった。
3.腕時計で思い出したが、この前なんかで目にした社会人のマナーみたいなことをまとめた本だかウェブサイトだかに、営業職はお客さんより高価な腕時計をしちゃあいかん、というようなことが書いてあった。これホントなのだろうか。しかし、そもそも腕時計の高い安いってみんな一目で分かるほどの見識を持っているのか。
4.最近よく考えるのは、社会はどんどんまともになって困るということ。ご年配を中心に社会はどんどん悪くなっていると考える人は多いが、私などはむしろ社会的モラルがどんどん厳しくなっているせいで、社会はまともになりすぎているんじゃないだろうかと心配になる。具体的に言うのは角が立つので難しいけれど、なんであれ言動がモラルとして正しいか正しくないかが問われた時に「それくらい大目に見ればじゃん」と言うよりも「正しくない可能性があるものは正しくない」と言うほうが簡単で、さらに「正しくない可能性を感じる人がいる限りは正しくないという可能性を否定することはできない」と言うほうが簡単であるため、結果的に誰もが息苦しいなと思いながら、どんどん社会の許容度が狭まっていくという、なんだか中学校の生徒会みたいなことが起きる。社会の許容度を高める運動というのがきっと必要なのだと思うのだが、よくよく考えれば昔やっていたBEXはまさにそういう運動そのものなのであった。今になって追い付いた。
5.私は自宅にいる時の自由時間の99%をリビングで過ごしていて、私の部屋と呼ばれるものは実態として倉庫となっている。先日、ふとその倉庫を眺めていて、どうも既視感があるなあと思ったら、中学高校の頃の自分の部屋そのものなのであった。CDとレゴと本とゲームの散乱する高校14年生の部屋。私は私が誇らしい。
6.飲み約束の法則その1「今度飲みに行きましょう、という話題が持ち上がった瞬間に日取りを決めない限り、その飲み会は開催されない」飲み約束の法則その2「今度飲みに行きましょう、という誘いに、いつ、と返事して明瞭な答えがなかった場合、その人と飲みに行くことはない」
7.昔、冨樫義博が何かの巻頭言に「旅行がとても好きだが、家にいるのがもっと好きなので旅行に行くことは決してない」というようなことを書いていた。私は飲み会がとても好きなのだが、家にいるのはもっと好きなので、ほぼいつも飲み会の直前は憂鬱である。だいたいいつも飲み会に暗い顔をして現れては「元気ない?」とか「仕事が大変なの?」とか気遣いの言葉を頂くのだが、これが原因。
8.というわけで今日は飲み会。行ってみるとだいたいいつも楽しいので、なにか私に精神構造的な問題がある。
9."
KORG DS-10"到着。半時間だけ遊んでみる。もうNintendo DSはこれだけでいいかも。