1.人間は有限の時間しか持ち合わせていないので、人間が消費できるコンテンツも有限である。そして誰にとっても、消費できないコンテンツはノイズでしかない。今日まで人間は長生きし、コンテンツと触れ合う時間を増やし、コンテンツ消費速度を早めることで、消費するコンテンツの総量を増やしてきた。それでもコンテンツの総量がそれ以上に増えているので、消費できないコンテンツの量も増えっぱなしである。インターネットで検索すると、消費できない量のコンテンツが表示される。これは全ての人にとってノイズである。さらに誰かとコミュニケーションをしようにも、社会に流通するコンテンツ量が多すぎるせいで、共有コンテンツが相対的に少なくなる。これも消費できないコンテンツ=ノイズの例。
2.なにかの本を読んだり、ウェブサイトを見たり、人と話をしたりして、新しいことを知ると私はつい嬉しくなるが、それは無限に近いコンテンツの、ごくごくごく僅かを消費したというだけであって、喜んでいる場合ではないのかもしれない。新しいことを知って喜びたいんならWikipediaでも読んでろ、な、ということになってしまう。みんなも情報を受信するだけじゃなくて発信しましょう、というのがよくある流れではあるが。
3.皮肉なことに情報の発信者が増えるほど、そして個々の発信量が増えるほど、消費できないコンテンツが増える。ブログの登場で検索精度が落ちたように。もう個人は一切の情報発信をやめろ、という人が出て来ても驚かない。
4.東京駅を上から見ていると全く飽きない。八重洲界隈に高層マンションがあれば鉄道マニアがこぞって住むかも。私も住みたい。
5.BARKSに『コールドプレイ、成功は「ハンサムなメンバーのおかげ」』という記事があって、ひどいこと言う人間がいるもんだなあと思ったら、クリス・マーティン自身の評だった。ははは。
6.晩御飯を作って恋人と食べる。それからスーパーへ買い出し。
7.明朝用にパンを買ったのに、いつもの癖でごはんを炊いてしまう。