1.Wikipedia「樽ドル」の項がたいへんよく出来ている。「樽ドル(たるドル)は、腰回りのゆったりとしたグラビアアイドルに対する新しい呼称」という書き出しから満点。樽ドルというジャンル成立における類家明日香の貢献をひとしきり語った上で『「完璧なモデル体型に限りなく近いのに、わずかに一歩及ばず贅肉が弛んでしまっている」という、画竜点睛を欠いたような痛惜感こそに樽ドルの魅力を見出している者の立場で考えると、類家型の肥満樽ドルを到底受け入れられないというその心境も想像に難く無いだろう』『本来樽ドル人気を支えていたのはその支持者たちによる倒錯的フェティシズムであるため、類家路線については「自覚的にアピールされてしまうと魅力が半減する」との声が多く聞かれた』と筆を進める論評はスリリングでさえある。
2.仕事で"
ウェブサービスを巡るたくさんの私"を書いた。「近代化により私が分裂する」というようなことはこれまでも沢山の人が沢山の表現で言ってきたことだが、ID/アカウントという概念が一般的になって初めて具体化してきたのではないかと考えている。タイトルは野崎孝っぽく"
SNSでつかまえないで"、あるいはカズオイシグロっぽく"
私をつかまえないで"にするつもりだったが、抽象的すぎるとのこと。"
ドント・キャッチ・ミー・イーブン・イフ・ユー・キャン"という候補もあった。いつもタイトルばかり思いつく。
3."
水からの伝言"に対する一番の疑問は、なぜそれだけの発見を他に生かさないのかということである。もし水に「ありがとう」と言って綺麗になるのだとしたら、「喉がかわいた」と言えば増えてくれるかもしれない。「お前は石油だ」と言えば石油になってくれるかもしれない。しつけをすれば、お座りくらい出来るようになるかもしれない。
5."
塞翁の一生"を書く。故事成語では「塞翁が馬」が一番好きだ。でも「呉越同舟」も好きだ。「完璧」と「鶏鳴狗盗」も好きだ。「先ず隗より始めよ」も好きだ。故事成語は物語が背景にあるのが良いのだろう。